消えた29622    page 2

 

さらに話は続きます。しばらくたってから、高校からの帰宅途中、白山駅裏の警察学校跡に蒸気機関車がおいてあるのを見つけました。あの29622でした。まだ、柵もなく、近寄ってゆっくりとみることができました。蒸気機関車を間近に見るとき、よくロッドやヘッドの刻印をみることがあります。たまにべつの機関車の刻印が押してあるのを発見すると、何か秘密を知ったような気がして、得をした気分になるからです。すると刻印は59609とあります。ほかの機関車の部品を流用するのはよくあることです。さらにあちこちとみて回るうちに、わたしは愕然となりました。29622の刻印が一つもないのです。かわりにあったのは59609の刻印ばかりです。えらいことになったとおもいました。帰宅して北海道で撮った写真と比べると、小樽築港でみた29622に間違いありません。ところが、現役時代の29622の写真と比べると、コンプレッサーや空気溜の位置が明らかにちがうのです。

 

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9600が製造された時代は、まだ真空ブレーキの時代でした。そのため、空気ブレーキが採用されたときに、コンプレッサーや空気溜が取り付けられましたが、その位置は、前寄り、中、後寄りであったり、ランニングボードの上下であったりと、様々でした。また、それが9600一両一両を個性的にし、識別する目安にもなったのです。
それぞれの写真を並べて比べると、違いがよくわかります。左の機関車は、空気溜が前端でランニングボードの上にあり、半分デフと重なっています。コンプレッサーはその後ろにあります。右の機関車は、逆にコンプレッサーが前よりでデフの直後にあり、空気溜は、かさ上げしたランニングボードの下になっています。雑誌でみた1975年の現役時の29622のコンプレッサーと空気溜は、左の写真と同じ配置になっていますから、廃車になるまでの短い期間にこれらの配置を変えることはあり得ません。したがって、左の写真の機関車は、実際は29622ではないと断定できます。

それでは、現在29622とされている機関車は、本当は何号機なのでしょうか?
刻印にあった59609について調べると、岩見沢第一機関区で1976年(昭和51年)3月に廃車になっています。しかも、59609のコンプレッサーや空気溜の位置は、県立自然科学館の機関車と一致します。

 

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1975 現役時代の59609 別冊週間読売『さようなら蒸気機関車』より

 

29622も、最後は岩見沢で廃車になっています。当時、蒸気機関車が廃車、もしくは休車になったとき、盗難防止のためにナンバープレートをはずし、代わりに白ペンキで番号を書いていました。考えられることは一つ、このとき、59609のナンバーを誤って29622と書いてしまったのではないでしょうか。代わりに29622が59609と書かれたかどうかはわかりませんが、以後ペンキ書きのナンバーを頼りに、59609が29622と間違われてきたのだと思います。59609は残り、29622は消えてしまったのです。
その後、この機関車が自然科学館に保存されたとき、もう一度刻印を確認しようとしましたが、化粧直しの塗装で塗りつぶされてわかりませんでした。機関車が本当の29622でなくても、きれいに手入れをされて保存されているのは喜ばしいことです。でも、本当の29622はどうなってしまったのでしょうか?59609としてでも、どこかに保存されているとよいのですが...。

このページをご覧になった方で、29622あるいは59609について消息を知っている方は、是非お知らせください。

 

緊急連絡  本当の29622は現存する!?

大阪にお住まいの本多さんから、新たな情報を提供していただきました。


はじめまして
大阪に住む蒸機マニアの本多邦康と申します。
米坂線の蒸気機関車のお便りのページから来ました。
29622の記事、面白く読ませていただきました。
これは、まちがいありませんね。でもそうすると
新潟に縁のない59609が新潟に保存されたことになりますね。
実は59609のナンバーをつけた機関車は、北海道に保存されています。
それも三笠鉄道記念館という、こちらもきちんとした博物館です。
この機関車が29622かどうかですが、私が三笠に行った時は
あまり写真を撮りませんでした。しかし本などの写真で見ると
どうもその可能性は高いようです。私も週刊読売のさようなら
をもっており、深川時代の29622を見たのですが、米坂線時代
に比べてデフが北海道式に切り詰められており、連結器
解放テコが左右両方からのものにかわっています。あとは
操車係添乗用の柵がついています。29622の特徴としては前面ナンバー
プレートの取付け位置が少し高いことです。59609は逆に低いです。
この低い取付け座に形式入りナンバーをつけたため新潟の保存機は
顔が少しへんなのです。それに対し現59609の方は少し高めです。
これはナンバーがはずされても取付け座がのこるせいだと思います。
これだけでは証拠不十分ですので、私も現59609の刻印調べたくなりました。
なにかご存知の方もしくは三笠近くにお住まいの方はぜひご教示を。
それでは失礼致します。

何と、59609のナンバーをつけた9600も現存する。事態は急展開してきました。20年来の謎が解ける日も近いのかもしれません。

さらなる情報のご提供をお待ちしております。


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