きたぐに51号

大阪発青森行き急行"きたぐに51号"は、白新線、新潟以北が非電化区間のため、電気機関車の仕事は新潟駅まででした。本来はDD51の役目なのですが、ディーゼル機関車の足りなかった当時、しばしば蒸気機関車におはちがまわってきました。
しかもD51よりもC57の引く機会が多く、特に新津のC57の定期運転がなくなった昭和47年3月以降は、C57の活躍するほとんど唯一の列車になりました。

雪の新潟駅発車

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吹雪の中を発車するC57181。

1971.12.28      新潟駅    Photo by K.Watanabe.

 

この季節の朝7時過ぎはまだうす暗く、吹雪の中を煙とドレンで身を隠すような発車は神々しくさえ感じられまた。今は跡形もない中央病院の非常階段に登って撮影。看護婦さんも珍しそうに見ていたことを思い出します。
新潟駅の1番線は、特急"とき"など優等列車の指定席でしたが、かなりおそくまで"きたぐに51号"も1番線を使っていました。
すでに新潟駅で蒸気機関車を見る機会が少なくなっていただけに、大きな機関車に驚いた人も多かったことでしょう。

新潟駅1番線C57103

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新潟駅1番線で発車を待つC57103。

19721.1      新潟駅    Photo by K.Watanabe.

 

72年元旦の朝。新潟にしては珍しい快晴に恵まれ初日に輝く姿が拝めました。当時の新潟駅は鉄道郵便局が併設されており、荷物を満載したカート?が見えます。
8月のお盆近くは"きたぐに51号"が連日運転されていましたので、午後に新津まで回送されたはずです。D51との重連でもあったかもしれません。それとも上りの"きたぐに51号"を牽いていたのでしょうか。

新潟駅発車C5719

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青森に向けて新潟駅を発車。

1972年4月29日   新潟駅  Photo by K.Watanabe.

 

この時C571は全検入場中で、19の独壇場。となりはキハ45(47ではありません)。
昭和47年3月までは、新津機関区に残っていた、C571、19、103、167、181が交代で牽引していましたが、103、167、181が次々と検査切れで休車になり、1はお召しに指名されたため、4月以降は19の独り舞台でした。
1がお召しに選ばれたため、19が生き残ったともいえるでしょう。

 

羽越本線のC57
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