金鉢山と関屋の工場


昭和37年(1962年) 新潟市関屋金鉢山町    撮影:渡邊 馨一郎


 

新潟市の関屋から白山浦方向の国道8号線沿いの一帯は、明治時代からの古い工業地帯でした。硫酸会社、歴世鉱油、大小の石油工場が建ちならんでいました。子供の頃、古町へ向かうバスの窓からみた工場の大きさにはいつも圧倒されたものです。
工場群から国鉄(当時)越後線をはさんだ小高い丘の金鉢山には公園があり、ここに上ると工場の様子が一望できました。
写真はいずれも金鉢山公園から工場群を撮ったものです。
下の写真は、金鉢山の頂上から工場を見おろしたもので、左が歴世鉱油、右が硫酸会社です。信濃川の対岸には日本軽金属が見えます。
硫酸会社は昭和40年代に操業を停止し、その後まもなく火災をおこしてほとんどが焼失してしまいました。火事の様子は私の自宅からも見え、大きな櫓が焼け落ちる瞬間は今でも覚えています。
硫酸会社の跡地は新潟第一高校になり、歴世鉱油の跡はスーパーや電気店が建ち、いずれも昔の面影はありません。

 

昭和37年(1962年) 新潟市関屋金鉢山町    撮影:渡邊 馨一郎

前のページへ戻る 入口へ戻る 次のページへ進む

ホームへ戻る