傷ついて森に倒れていた鳥に出逢ったのは、もう何年の前のこと。
僕が『旅人』の定めに従って、鳥達の世界を歩いて旅をしていた時だった。
空から墜ちて、凍てついた大地に崩れたその鳥は、真白い服を纏った娘の姿をしていた。
ひとりで消えようとしている鳥に、干渉してはいけない。
本来は、それが鳥の領域に立ち入ることのできる『旅人』達の掟だった、けど。
翼を傷つけた、あまりにも儚い娘の姿に、思わず僕は手を差し伸べてしまった。
−−貴方は、『旅人』?
目を醒ました鳥の娘は、ぼんやりと不思議そうに、こう呟いた。
「君達の世界を、ただ歩くことしかできないのだから、多分そうなんだと思うよ。」
何処か破綻した表現なのは承知の上で、僕はこう応える。
ひとりで旅をする鳥の本能を捨てきれないままで、翼だけを捨てた、中途半端な存在。
『旅人』とはそういうものだと、僕はずっと思っているから。
−−人かと、想った。何だか、懐かしい気がしたから。
僕の燈した灯の傍にしゃがんで、鳥はこんな風に僕に言った。
ふんわりと湯気の漂う、白い花のお茶を飲みながら。
「人に、逢ったことがあるの?」
−−わたしへと繋がった、遠い、遠い、誰かが。微かに、憶えているわ。
人の領域と鳥の領域の境界には、『海』と呼ばれる乳白色の霧が横たわっている。
人と鳥は離れて生きていて、どちらもこの『海』を越えることはできない。
中途半端な存在である、僕達『旅人』を除いて。
遠いはるかな昔、人と鳥はひとつだったと、伝えられている。
僕達には、地上に降りた鳥が人の姿に見えるのも、あるいはひとつだった頃の記憶なのかもしれない。
ふたりが別れる前の記憶。人も、鳥も、胸の片隅の何処かで、たぶん憶えている。
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