鳥は鳥に 〜Camomile Milk Tea〜 / page2


傷ついて森に倒れていた鳥に出逢ったのは、もう何年の前のこと。 僕が『旅人』の定めに従って、鳥達の世界を歩いて旅をしていた時だった。 空から墜ちて、凍てついた大地に崩れたその鳥は、真白い服を纏った娘の姿をしていた。 ひとりで消えようとしている鳥に、干渉してはいけない。 本来は、それが鳥の領域に立ち入ることのできる『旅人』達の掟だった、けど。 翼を傷つけた、あまりにも儚い娘の姿に、思わず僕は手を差し伸べてしまった。 −−貴方は、『旅人』?  目を醒ました鳥の娘は、ぼんやりと不思議そうに、こう呟いた。 「君達の世界を、ただ歩くことしかできないのだから、多分そうなんだと思うよ。」 何処か破綻した表現なのは承知の上で、僕はこう応える。 ひとりで旅をする鳥の本能を捨てきれないままで、翼だけを捨てた、中途半端な存在。 『旅人』とはそういうものだと、僕はずっと思っているから。 −−人かと、想った。何だか、懐かしい気がしたから。 僕の燈した灯の傍にしゃがんで、鳥はこんな風に僕に言った。 ふんわりと湯気の漂う、白い花のお茶を飲みながら。 「人に、逢ったことがあるの?」 −−わたしへと繋がった、遠い、遠い、誰かが。微かに、憶えているわ。 人の領域と鳥の領域の境界には、『海』と呼ばれる乳白色の霧が横たわっている。 人と鳥は離れて生きていて、どちらもこの『海』を越えることはできない。 中途半端な存在である、僕達『旅人』を除いて。 遠いはるかな昔、人と鳥はひとつだったと、伝えられている。 僕達には、地上に降りた鳥が人の姿に見えるのも、あるいはひとつだった頃の記憶なのかもしれない。 ふたりが別れる前の記憶。人も、鳥も、胸の片隅の何処かで、たぶん憶えている。

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