harvest rain


 そんな少女の不思議な言葉とともに、真白い草花の谷間に降る雨は、次第に明けてゆ く暁の空気に溶け込んでいくように、すうっと消えた。  まるで夢でも見ていたかのような、不思議な降雨。だけど、それはあやふやな幻や錯 覚ではないことを、傍らの携帯端末が記録したデータが物語っていた。 「あなたは、ずっとこの谷で暮らすの?」  携帯端末を閉じて立ち上がった気象官の娘に、少女が問いかけた。 「ううん、私は派遣された気象官だから。夏までには都市に戻らないと。」  娘の答えに、そうなんだと小声で呟いてから、少女はぽつりと、言った。 「ねえ、今度あなたの所に、遊びに行ってもいい?」  軽く頷いた娘に、少女はふわりと微笑みを返した。 「何処に行くのかと思ったら、こんな所で何してるんだよ。」  軽く息を切らして、ようやく少年が気象官の娘に追いついたのは、その時だった。 「気にしてわざわざ追ってきてくれたの? たった今まで雨が降ってたから記録してたのよ。」  突然現れた少年に驚きつつ、やわらかい言葉で娘は応えた。  そんな娘の言葉に少し目を伏せて、雨、と訝しそうに呟いてから、少年は真白い谷間 を不思議そうに見渡す。  そこで、少女の青い瞳と目が合った。  幼い日の少年の記憶と同じ、青みがかった髪と、同じ色の瞳。 「おまえ……。」  見開いた黒い瞳に緊張をたたえて、少年が呟く。そんな少年の態度に怯えるように、 少女が数歩あとずさる。 「どうしたの? 同じ開拓の民の子でしょ?」  奇妙な少年の緊張に気づいて、娘が尋ねる。一瞬の沈黙の後で、少年は頷きを返した。 「僕はヨシノを連れて先帰ってるから、おまえも暫くしたらちゃんと集落に帰れよ。」  少女にそんな言葉を投げかけてから、少年は娘の手をとって半ば強引に谷を降り始めた。  真白い花の群生と青い瞳の少女、そして幻のような霧雨の光景がふたりの背後に遠ざ かってゆく。 「どうして一緒に集落まで連れていってあげないの? 喧嘩でもしてるの?」  先程から少女に妙な態度を取る少年に、娘は訝しそうに尋ねる。 「あいつには、近づかない方がいい。」  黒い瞳に、今まで見せた冷たさではなく何処か真剣な色をたたえて、少年は答えた。     *

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