そんな青い髪の少女が娘の前から姿を消したのは、祭りの数日前のことだった。
それはいつものように、三人で散水機で僅かばかりの水を麦畑に与えている時だった。
散水機は噴出音ばかり大きくて、実際に麦に降り注ぐ水の粒子は霧のように小さい。
井戸を通じて開拓の民を潤す水脈自体が、既に枯れ始めて底を尽きかけていた。
麦の若い穂も日差しだけを浴びて、乾いた赤褐色の土と同化するように萎れている。
そんな麦の姿に、少年の胸の内で、旅のさなかで幾度となく味わってきた、集落を捨
てる時の苦い思いが重なる。
「……お祭りが終わったら、みんなこの地を去っちゃうのかしら。」
そんな少年の想いを聞きとったかのように、ぽつりと、娘が少年に呟いた。
「……行っちゃうの?」
娘の何気ない言葉に、開拓の民の服を纏った少女が、思いもよらず反応した。
まるで、少女の身体の中に降り積もっていた不安の堰が、その言葉に断ち切られたように。
「どうして? わたしがまだ迷っているから? わたしが雨を呼べないから?」
きゃしゃな身体から、少女は何かが弾けたように言葉を溢れさせる。
「……別に、おまえのせいなんかじゃない。」
そんな少女の妙な言葉に、何かを言いかけた娘を制して、静かな真剣な眼差しを向け
て少年が応える。
「じゃあ、どうして行っちゃうの? この子達が、谷を一面の黄金色に染めるように育
てるんじゃなかったの?」
「……この小麦達が枯れて刈り入れできなかったら、冬には今度はみんなの食べるもの
すら無くなって、生きてゆけなくなっちゃうから。」
気象官の娘が、少女の剣幕に驚きながら、ぽつりと応える。
だが、その娘の言葉に、今度は少女の青の瞳が驚愕に大きく見開かれた。
「この子達をこの谷に植えたのは、育てるためじゃなくて、刈り入れて食べるためだっ
たの……? そんなこと、知らなかった……。」
「……人間も、他の動物と同じだからな。食べないと生きていけない。」
「そんな……、わたし、わからない。どうしたらいいのか、わからないよ……!」
くしゃっと張り裂けたように言葉を溢れさせて、少女はぱっと駆け出した。
その姿は、乾いた空気にすっと溶けるように、途中で視界から、消えた。
後に、ただ風に舞う、少女の髪の色と同じ砂だけを残して。
−−やっぱり、近づかない方がよかったんだ。
青い髪の少年から溢れ出した言葉と、拒絶。この谷に来た日にキャラバンの中で夢に
見た幼い日の記憶が胸の奥にあとから、あとから溢れ出して、少年は唇を噛み締めた。
どうして……、と傍らで呆然として立つ気象官の娘の姿に気づいて、そんな記憶を振
り払って、少年ははっきりと言った。
「気にするな、ヨシノのせいなんかじゃない。」
それは多分、あの瞬間の自分が、誰かに言ってもらいたかった、言葉だった。
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