harvest rain


 不意に、船体が大きく後ろのめりに揺れて、それが少年の記憶の残像を断ち切った。  胸に疼くような夢の余韻からまだ醒めない瞳で、少年はぼんやりと窓の外を見る。 眠気を誘う微かな振動だけを伴いながら流れて続けていた、何処までも続くかのように 思えた淡い青の荒地は、何時の間にか車窓から消えていた。 「ほら、いつまでも寝てないでいいかげん起きな。この丘を越えれば、もうそろそろ見 えてくるはずだよ。」  後方でもぞもぞと動き出した少年の気配に気づいて、キャラバンの舵を取っている初 老の女性が呼びかける。  年齢の割には力強い張りのあるその声に、ようやく夢の残像からはっきりと醒めた少 年は、積荷をよけながらもぞもぞと船体の前へとはってゆく。  プラスチック製の樽に詰め込まれた、沢山の穀物や牧草、新たな実りを生む種子、疲 れを癒す果実の酒。梱包や移動する手段は機械仕掛けとなってすっかり様変わりしてい ても、人々が生きるために運ばれるその中身は、遠い祖先の頃とあまり変わることはない。  ようやく運転席までたどり着いて、モニターに映しだされた電子方位計に周辺の地図、 そしてキャラバンの正面の風景を覗き見る。 「土と砂ばかりで、ろくに草も生えてない。こんな所に本当に住めるの?」  前方を駆けるキャラバンの砂煙に霞みながら、目の前を流れてゆく乾ききった殺風景 な台地を眺めながら、ぽつりと少年は呟いた。 「そこが開拓の民の腕の見せ所だろうに。そんな弱音を吐くくらいなら母さん達と一緒 に残ればよかったものを。あそこは良い土地だったと思うけどねぇ。」  太い右腕で円い舵を動かしながら、少しうそぶいた風で少年の祖母は応える。   「そんなこと言いながら、ばあちゃんだってはなから定住する気なんかないくせに。」  軽くはき捨てるように呟いた少年に、気にする風でもなくモニター上の地図を眺めて 肩をすくめる初老の女性。  彼らはこの移民星を旅する、開拓の民達だった。 「母親と別れてまで選んだくらいだ、お前も当分旅からは離れられないかもしれないねぇ。」  そんな祖母の言葉には応えずに、少年は運転席の脇の硝子窓を開けて顔を出した。と たんに乾いた緩い風が、短い前髪を撫でる。  窓のすぐ下では、船体が吹き出した空気に砂の粒子達が巻き上げられ、揺らめく水面 のように周囲に漂っている。その淡い青の砂煙をつき抜けて、時折ざわめいた波のよう に丘陵の斜面や岩場が流れ去ってゆく。  波の振動を感じながら、何だか海原に漂流する小さな船みたいだ、と思う。  集落に定住した母親のこと、開拓の民のこと、そして、先程の夢の欠片のこと。  暫くの間、繰り返す砂の波穂にぼんやりと想いを漂わせていて、ひときわ大きな隆起 を乗り越えた、その時だった。  さらりと、急にそれまでとは違う、微かに温かい風が少年の頬をとらえた。

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