「ほら、見えてきたよ。」
ひときわ大きな傾斜を越えたその先に、彼らがまたひとつ集落の種子を植える、新た
な大地が広がっていた。
モニターの正面には、乾いた淡い水色の空を鋭角に切り取って、赤褐色の嶺が遠く、
遥かな南の方角へと連なっている。
その無数に連なる嶺の狭間を抜けた水流が、幾百もの時を経て岩や大地を削り取って
生まれた、ほんのささやかな緩い傾斜の谷間が広がっていた。
この移民星に人々がやって来た時代よりもずっと遠い時間に、海へと還るためにこの
ささやかな谷を切り出した水の粒子は、今では乾いた空の高みへと昇華してしまい、も
う何処にもいない。
その跡にはただ、水滴とひとときの旅を共にした、削られた赤い褐色の土だけが谷に
取り残され、淡い青の砂と交わって横たわっている。
創り主を失った、そんな小さな谷間は、南に広がる山裾とキャラバンが越えて来た北
側のなだらかな丘陵に抱かれて、乾いた眠りに就いていた。
「先発隊の調べだと、かなり深いけれど水脈はありそうだと言っていた。だから最低限
の飲み水は確保できそうだけど、問題は雨が来るか、かね。」
少年の祖母が、キャラバンの下方に息づく谷間を眺めて、楽しそうに言う。
その声を聞きながら、少年は前髪を撫でる風の感触を、暫く感じとっていた。
少年の元に届く、僅かに湿り気を帯びた、微風。
それは、かつて水の流れが作り出した小さな通り道を抜けて、暖かな南方の海から旅
を続けてここまで来た、この谷の風。
その風の感触は、何処か無邪気でいて、少し警戒している、何故だかそんな気がした。
土の見た目も、流れる空気の匂いも、確かに悪くはないと思う、けど。
−−この土地には、たぶん、いるんだ。
そんな頬に当たる風の感触に、少年は心の中で、ぼんやりと確信した。
「そうそう言い忘れていた。集落造りが落ち付いた頃に、研究員さんが都市から派遣さ
れて来るそうだよ。うちの天幕に迎えるから、おまえちゃんとお世話するんだよ。」
その少年の思いに水をかけるように、しれっと付け加えられた祖母の言葉に、少年は
露骨に苦い表情を浮かべて、祖母の方を振り向く。
「まあ、そう嫌そうな顔するんじゃないよ。今回は気象官さんだそうだから、もしかし
たら雨を特別に降らせてくれるかもしれないよ。」
ちらりと横目で少年の表情を窺いながら、祖母は豪快に舵を回して船体を谷間へと下
させてゆく。
−−本当に大切なのは、雨じゃない。
舵を取って楽しそうに冗談を言う祖母に、少年は心の奥でそっと、反論した。
−−全てを決めるのは、その土地が僕達を受け入れるか、ただそれだけなのだから。
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