低層の淡い水色に、ひとすじの薄く噴出した水素の軌跡を残して、小型の観測艇が空
を駆けてゆく。
丸みを帯びた小ぶりの船体に、真白い双つの翼。その翼の両端には、夜間飛行用のシ
グナル・ライトがひとつずつ備えつけられている。
「『燈火』より、気象局観測艇コントロールセンターへ。本艇は約十二分後に目的地に
到着します。付近の気圧と気流のデータ、送信します。」
観測艇の名を告げて、娘は遠く離れた都市へと通信電波を送信した。
主に夜間観測向けに使われる、『燈火』と書いて『あかり』と読むこの観測艇を、娘
は個人的に気に入っていた。
この艇で夜間観測の任に就くと、何だか燈したランプを両手に持って、のんびりと空
を散歩している気分になるから。
だから、今回の長い出張でも、少々無理を言って一緒に連れ出してきた。
ピロッと高い電子音が鳴って、返信電波の受信を娘に告げた。緩やかな円弧を描くよ
う舵を軽く切って機体を旋回させながら、片手で耳元の通信片のスイッチを入れる。
「やあ、辺境への観測出張お疲れ様、ヨシノ君。」
「お父さ……局長!」
水色の通信片へと、都市から空気を駆けてきた電波が届けてきた予想だにしない声に、
娘は思わず驚きの叫びをあげた。
「うん、現地測定の方はあまり根を詰める必要はないから、休暇旅行のつもりでゆっく
りしてくるいい。」
「これも任務ですから、そういう訳には。」
のほほんとした緊張感の無い、組織の長の声に、思わず眉間を抑えてつぶやく。
そんな気象官の娘の苦々しげなつぶやきを気にするでもなく、あくまで穏やかに届い
てくる局長の声。
「その方が、きっと君にとって良い勉強になるよ、ヨシノ君。」
「……了解しました。」
取りあえず応えておいて、娘は自分からさっさと通信を切断した。
−−何が「ヨシノ君」よ。全く、昔っから公私混同ばかりなんだから。
娘は、思わず心の中でぶつぶつと文句を呟いた。自分の父親ながら、相変わらずのほ
ほんとしていて、何を考えているのか判らない。
気象局にはもっと頭が切れる有能な研究員が沢山いるのに、どうしてあんな人が局長
にまでなったのだろうと、思う。
軽くため息をついてから、観測艇の遥か下方に広がる大地を眺める。
凪いだ海面のように広がる、淡い青色の砂丘。樹はおろか、緑色の植物が育った痕跡
さえ見当たらない、乾ききった荒地。
こんな土地で、ずっと旅を続け集落を建てる開拓の民達は、どうやって暮らしを成り
立たせているのだろうと、乾いた大地を眺めたまま想いをはせる。
開拓の民は、システムにより制御された都市から遠く離れた荒野を、集団でキャラバ
ンを組んで移動する。そうして旅のさなかに人の宿る新たな土地を探しては、そこに集
落を創る。
農耕や遊牧といった、遠い昔からの原始的な手段を用いて営まれる集落がその大地に
根付けば、ある者達は集落を育む者としてその土地に定住し、またある者達は彼らと別
れ、さらなる仮の宿りを求めて旅を続ける。
大地が枯れ、集落が根付かなければ、造りかけの人の営みは再びもとの荒野へと還っ
てゆき、開拓の民は新たな土地へと離れてゆく。
そうして終わりなき旅を続ける彼らがこの星に残してゆく集落の種子は、何時か永い
永い時間をかけて繋がり、新たな都市へと育まれてゆく。
−−そう言えば、今回の観測出張を企画したのも、局長だって言ってた……。
地質学や博物学の研究所では、移民星の調査のために、辺境での暮らしに慣れている
開拓の民のもとに、研究員を長期派遣するケースは多い。だが、無人観測機や、空挺か
らの観測を主とする気象官が、こんな長期での観測に就くことは、あまりなかった。
ましてや、入局した当初は局長の娘と見做されていた自分が、人一倍勉強して、女性
ながらに念願の空挺観測課に配属されて、やっと仕事が認められるようになってきた時
期だと、言うのに。
−−いったい、あの人は何を考えているのだろう……。
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