もう一度軽いため息をつきながら、娘は『燈火』の両翼のフラップを操作し、着陸の
態勢を整える。緩い円弧を描く右翼の影に、小さな谷間に寄り添うように建った、開拓
の民達の天幕が見えてくる。
着陸を示すシグナルを双つの翼に灯して、観測艇を大きく旋回させながらゆっくりと
降下する。南の方角に連なる山々から、ほんの微かに降りてくる湿った風を、コンソー
ルの計器が捉えた。
その急な計器の変化に、確かに観測地点としては面白いかもしれないと、気象官とし
ての興味を少しだけ覚えつつ、南側の谷間に目をやった、その時。
谷間を埋めて、淡くもはっきりと輝く、白。
その大地の白は、ほんの一瞬だけ娘の視界をかすめて、儚い幻のように娘の脳裏に残
像だけを残して、消えた。
慌てて翼の通り過ぎた軌跡を振り返るも、後にはただ、赤褐色の斜面が広がるばかり。
錯覚だったのか、と思ってみても、乾いた谷間に降りたあの真白い大地は、くっきり
と娘の記憶のフィルムに焼きついている。
まるで祈る民のささやかな祭壇のように、慎ましくそこに在る綿のような白色。
あの白はいったい何だろうと、次第に薄れてゆく残像を心の奥で見つめる。
ひとつだけ、思い当たるものが、見つかった。
「……もしかして、雪? まさか、そんな……。」
娘の胸のうちから、無意識に呟きと思考がこぼれてくる。こんな乾いた暖かい土地で
は、雪を積もらせることなど今の気象局の技術では到底不可能だろう。
でも、もしかしたら局長なら、あの父ならば、やりかねない、と思う。
何と言っても、この移民星にはじめての雪を降らせた、張本人なのだから。
あるいは、局長は最初から何かを知っていて、自分をこの谷に派遣したのだろうか。
その疑念にしばし想いを巡らせてから、やがて娘はそっと首を振って、諦めて無線通
信機のスイッチを入れた。
「開拓の民のエア・キャラバンへ、応答願います。こちら気象局観測艇『燈火』。本艇
はこれより集落の外れに着陸致します。宜しくお願い致します。」
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