無線通信に応えた、張りのある女性の声に従って、集落の東の外れの、まだ創られて
間も無い畑の傍らに観測艇を降下させた。
風防を開けると、砂っぽいざらざらした風が娘の黒髪をさらさらと撫でた。
白い研究員の上着をはおって、操縦席から大地へと降りる。靴の裏に、さくっとした
砂混じりの土の感触。
『燈火』の機体の冷たさに背を預けて、風景を眺めながら無線の交信相手を待つ。
観測艇の降下に気付いた子供達が数人、物珍しそうに、遠巻きに機体と娘を見ている。
軽く会釈すると、遠慮がちに笑って、少しだけ機体に近づいてきた。
みんな頭や肩口に、幾何学図形や動物のシルエットをあしらった、砂よけの布地を巻
いている。
土や砂で微かに紅く汚れたショールのその模様は、故郷の惑星での、遠い歴史の果て
から繋がってきた、遊牧の民の意匠。
そんな布地を纏った、黒い瞳の素朴な子供達を見ていると、気象官の白衣をはおって
ここに居る自分が、何だか酷く場違いな気がしてくる。
−−何故、私はこんなところに居るんだろう。
一瞬、目の前の風景や子供達に、任務を忘れて、そんなことをぼんやりと想う。
あまりにも遠い場所に居る自分に、ふと心細さを憶えて。
そんな娘の物想いを、嬉しそうにはずんだ力強い声が、破った。
「まあ! 無線で届いた声が妙に可愛らしいと思ったら、娘さんだったとはねぇ!」
気がつくと、娘の目の前に太った初老の女性と、小柄な少年が立っていた。
「はじめまして、私は気象局空挺観測課のヨシノと申します。約二ヶ月の観測の間、ご
迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします。」
慌てて気象官としての自分に戻って、迎えに来てくれた二人に挨拶の言葉を述べる。
そんな娘に、何処か懐かしそうに、嬉しそうに目を細めて、初老の女性は応えた。
「あたしはトキ。トキばあさんって呼んでくれればいいよ。二ヶ月ってことは、ちょう
ど初夏の祭りの頃までだね。それまでよろしくねぇ。」
「お祭りが、あるのですか?」
トキの楽しそうな物言いに、娘は少し首を傾げて尋ねる。
「ああ、私達開拓の民はどんな土地にいたって、秋の収穫を祈って五の月にはみんなで
祝うのさ。せっかくだから祭りが終わるまでゆっくりしていくといいさね。」
がっしりとした温かい手で、娘の細い手をしっかりと握りながら、トキは笑った。
「こっちはあたしの孫だよ。この子があんたのお世話をするからね。ほれ、気象官さん
に挨拶しな。」
初老の女性に背を押された、傍らの少年がじっと気象官の娘を見つめる。
先程の子供達と同じ黒の瞳に、素朴さではなく、静かな冷たさを浮かべて。
「あんた、農作業はできるのか?」
「……え?」
少年の、挨拶代わりの思いもかけない言葉に、娘は思わず小さく聞き返した。
「僕らは、この土地で生きていけるかどうかの瀬戸際なんだ。農作業もしない研究員な
んかを、養ってゆく余力なんて、ないんだ。」
「これ、またお前は! 気象官さんには気象官さんの、大切な仕事があるんだ。判って
もいないくせに生意気なこと言って、邪魔をするんじゃないよ!」
慌てて初老の女性が少年を諌める。だが、その声にもひるまず、少年は冷たい瞳で気
象官の娘を見据える。
辛い環境に生きる開拓の民として都市の気象官に向けられた、疑念を秘めた瞳で。
その少年の瞳に、何故か、娘は自分が気象局に入った頃のことを思い出した。
最初の頃は、誰もが自分のことを、局長の公私混同で入局した飾りのようなものだと
みなしていた。口には出さずに、娘を見るその瞳の表情で、声もなく語って。
そんな苦い思いに、ふと、着陸する前に届いた局長の言葉が重なる。
−−私は、休暇旅行のつもりなんかでこの地に来たわけじゃない。
気象官としてこの地に派遣されたからには、何かを学ばない限り、局には帰れない。
さっきまで憶えていた心細さは消えて、代わりにそんな静かな覚悟が、娘の心の内に、
芽生えた。
「いえ……やります。やらせてください。」
気象官の娘は、かがんで少年の黒い瞳をまっすぐに見て、落ち着いた声で答える。
足元で、娘の白衣の裾が、この谷の赤褐色の土にさらりと触れた。
「あなたが、私に農作業のことを教えてくれるなら。」
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