溝にそって小さな穴を掘り、そこに数粒の種子を植え、眠らせるように土をかぶせる。
やがて目を醒ましてもう一度土の下から芽を、茎を伸ばし、黄金色の穂を実らせるよ
う、祈りを込めて。
穴を掘る度に、温かい土の感触とともに、爪の隙間に砂粒が入り込む。
はじめは何処か儀式みたいだと感じた小麦の種蒔きも、二本目、三本目の溝になると、
そんな事を考える余裕はなくなっていった。
早朝のうちは南側の山肌に隠されていた陽が、いまや南天の高みに昇って、娘の背中
にその日差しをじりじりと照りつける。
加えて、水を運んだ際に残った両腕の痛みと、種子を蒔くためにかがめる腰に蓄積す
る疲労が娘の残された体力を奪ってゆく。
少年とふたりで、やっと全ての溝に小麦の種子を蒔き終わった頃には、もう立つのも
精一杯な状態になっていた。
何だかどうでもよい気分になって、白衣が汚れるのも構わずに畑にしゃがみこむ。
そのまま、ふうと息をついて大地にころんと横たわる。
とくん、とくんと、自分の鼓動が背を預けた温かな地面から響いてきて、何だか自分
がこの畑の土のひとかけらになったような気分になる。
青い砂粒を巻き上げた風が、さらりと横たわる娘の上を通り抜けてゆく。
−−本当に、私、どうして此処でこんなことをしてるんだろう。
汗ばんで火照った身体で、ぼんやりそんなことを想った、その時。
掘り起こされた土に半ば埋もれて、日差しに淡く輝く白い欠片が娘の目に留った。
不思議な面持ちで、娘はそっと、白い欠片達を手に取った。
永い時間を経て手のひらに在る、ひんやりした感触。
その感触が教えてくれた、この地に来て大地に触れなければ決して知ることのできな
かった、この移民星の小さな谷間が通り過ぎた時間と歴史に、静かな感慨を覚えながら。
「これくらいでもう、へばったのか?」
倒れた気象官の娘に気づいて、少年が近寄って声をかける。
「ねえ、この谷が昔は海の底だったか、冷たい水が満ちた湖だったって、知ってる?」
少年に、娘は少し微笑んでそんな言葉をかける。
そうして、訝しんで近寄った少年に、そっと自分の手のひらを開いて見せる。
土に汚れた娘の手のひらには、真白い貝殻の欠片が、ひとつ転がっていた。
「私達、この星について、知らないことばっかりなのね。」
「……ヨシノって、変な奴だな。」
横になったまましみじみと呟いた気象官の娘に、不思議そうに少年は声をかける。
「年上の人の名前を呼ぶ時には、『さん』って付けるべきだって、知ってる?」
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