娘の携帯端末が湿度の上昇を告げたのは、数日後のまだ暗い暁の時間だった。
慣れない農作業で強ばった身体を休める、娘の浅い眠りの淵に、無機質に響く信号音。
慌てて本来の任務を思い出して携帯端末で『燈火』のレーダにアクセスしてみるも、
観測機は谷の周囲には雨雲の存在を補足していなかった。
−−誤検出、かしら?
首を傾げながら上着を羽織って、天幕の外に出る。
暁の谷間は、少しずつ闇が薄れてゆく群青色の空に包まれている。その群青の空の低
みを、何処か密やかに南からの微風がすり抜けてゆく。
その密やかな風の中に、気象官の娘は、ほんの微かだが確かに感じ取った。
まぎれもなく、ごく近くに降る、明け方の雨の匂い。
風が抜けてくる谷間の南の斜面を、空挺観測官の目でじっと見つめる。雲の姿は見え
ないが、淡く霞のように、空気の塊の影がごく小さく地に落ちているのを、捉えた。
−−もしかして、『燈火』から見えた、あの白い谷間……。
一瞬、『燈火』を飛ばして上空から捉えようかと、迷った。
だがその直後、気象官の娘は端末だけを抱えて、直感で南の谷間へと駆け出していた。
「……一体、何なんだよ。」
そんな娘の後ろ姿を見送って、慌しい娘の動きに目を醒ましていた少年が呟く。
放っておこうかと思ったが、あの娘が何をしにこんな早朝に駆けていったのか、どう
しても心の隅で気になってしまう。
やがて、軽い舌打ちを残して、少年も南の谷間へと娘の後を追って駆け始めた。
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