そら とぶ ゆめ Act.1  Eden / page10


 海岸から急な崖道を登りつく頃、ようやくふたりが住む観測所の影が見えてくる。  観測所からは、海も、人々が身を寄せて住む村も、一目で見渡すことができた。  高い塔を持つ、ずっと昔の建物跡を作りかえた、崖の上のちいさな家。  背の高く、不思議な形のそのシルエットは、灰色の空の下で見ると、何処か穏やかに 見える。  そのシルエットを見上げた娘が、ふと、何かに気づいたように、風読みに尋ねた。    ……あれ、鳥さんのかたち?  きつい登りに少し息を切らせた風読みが、その問いに気づいて顔を上げると、娘は観 測所の塔の方を指差していた。  その細い指の先、古い塔の一番上には、魚のような細い流線型の風向計の飾りが、湿 った潮風を受けて、そよそよと揺れていた。  両方に伸びた細い翼で風を切って、先端につけた、丸い形をくるくるとまわして。 「鳥じゃないよ。あれはね、空を飛ぶ「機械」を模っているんだ。」  風読みは、観測所のシルエットと同じように、穏やかに答えた。 「どれくらい遠い昔だか、それとも別の世界のことだかわからないけど、人間が「機械」 を作って、空を飛んだことが、あったそうだよ。」  ふうん、と想いで応えながら、娘は軽やかに崖の上に登りついて、遠く広がる海のい ちばん向こうを見つめる。    海でおよぐのと、空をとぶのって、おんなじ感じなのかな。  しばらく、家に入らずに、ふたりは海と空の境目をぼんやりと見つめていた。  その境目は、青い灰色の中に溶けて、ゆるい曲線を水平線の向こうに描いて、繋がっ ているように見えた。  その繋がりの通路を抜けて、墜ちてきたちいさな雨の粒達は、変わらずに海へと降り 注いでゆく。  海は、絶え間なく続く波の調べで、護るようにその滴を受け止める。 「あの塔の中には、不思議なものが眠っているんだ。」  無意識に呟くように、初老の風読みは、言葉を潮風に乗せた。 「今は駄目だけど、るながもう少し大きくなって心が落ち着いたら、見せてあげよう。」  娘は、少し首を傾げただけで、何も伝えずに風読みの呟きを聴いていた。  はるかな海のリズムに、心をあずけたままで。                      Act.1 『Eden』 Fin.




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