潮風にさらされてかわいた岩場を潤すように、空から雨が降りてくる。
そのちいさな滴の、ひとつひとつが旅を終えて大地に着く度に、ぱら、ぱら、とささ
やかな響きを打ち鳴らす。
「るなは、本当に海が好きだね。」
黒く湿った岩場に、娘が足を滑らせないかと見守りながら、初老の風読みは話しかけた。
「雨が降るって時にも、平気でひとりで泳ぎに行っちゃうんだから。」
そんな風読みの心配もよそに、軽やかな足取りで崖道を登っていた娘は、くるりと振
りむいて、想った。
だって、雨も、すきだから。
「ふうん、村の子達なんか、雨が降るとみんな怖がって遠出しないのにね。」
穏やかな表情で少し首を傾げながら、風読みは、娘の想ったことを読んで、応えた。
「そう言えば、僕がるなにはじめて会った時も、雨が降っていたっけ。」
もう、あんまり、おぼえてない。
なかなか乾かない体を軽く震わせて、今度は、娘が少し首を傾げて、笑う。
娘は、声に出して伝えるための、言葉を、ずっと昔から忘れていた。
まだ幼い頃、ある雨の夜に、風読みが娘を拾った時から、ずっと。
だから、娘は、風読みに何かを伝えたい時、胸にかけた水色の月のペンダントに向け
て、想う。
そうして、不思議と水色の金属を経た想いだけは、たどたどしい言葉になって、風読
みへと届く。
もっとも、その声にならない、たどたどしい言葉を読み取ることができるのは、風や
空気の音を聴き、優れた耳と感性を持つ、風読みだけだった。
夏の近いこの季節にしては、雨の滴は、静かなひんやりとした空気を纏っていた。
ぱたぱたと、繁みの葉を鳴らす調べに、時折、雨宿りして羽を震わす水鳥の声が、ち
い、ちいと唱和する。
登り坂を歩いて、随分下に降りた海からは、変わらずに波の調べが続いている。
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