「私が、『休まない翼』の名にかけてお護りします。リトル・ルナ。」
とうとう機械は、娘へと、言葉を返す。
「あなたに頂いた、この名にかけて。」
演算では求めることのできなかった、機械の想いから生まれた、言葉を。
「ありがとう……無理、しないでね。」
「了解。」
寄せては返す、マシン・ノイズの音が、どんどん大きくなって二人を包み込んでゆく。
娘は、耳からそっと、水色の通信片をはずして、胸にそっと抱きしめた。
本物の月のように輝きの形を変える、娘と機械を繋ぐ、小さな月を。
無数の雨の滴と一緒に、橙色に燈る『翼』は、太古の海の生物のように静かに墜ちて
ゆく。
薄れてゆく意識の彼方で、娘には、ノイズの波の向こうから届く不思議な優しい音の
連なりが、ずっと、ずっと聴こえるような、気がしていた。
見送るように届く、優しい音の紡ぎが。
それは、灰色の雲に隠されて見えない、夜天の向こうの遠い月から届いていた。
****** End of Flight Recorder ******
*
ぱちん、ぱりん。
娘の上に広がる、凪いだ淡い翠色の水に、ちいさな粒子が飛びこんでくる。
降りた跡に、幾重にも円い透明な模様を描いて。
ひとつ、また、ひとつ。
つい先ほどまで、緩やかに規則的な波の形を描いていた海面は、瞬く間に、ぽん、ぽ
んとひらく花のように、透きとおった同心円でいっぱいになる。
まだ、波間が残し持っていた微かな陽の光が、跳ねる水滴に反射して、光の粒のよう
に、ちらちらと輝きを添える。
娘は、息を止めたまま、遠浅の海の底にあお向けになって、海に墜ちてくる雨の滴を
見つめていた。
頬のすぐ横を、突然の雨に驚いた魚達が、慌てたように何匹もかすめてゆく。
雨の日の海って、なんだかやさしい、と娘は思う。
遠い、遠い空の彼方から、ずっと墜ちてきた雨の滴を、まもって、ゆるやかに受け止
めるから。
幾万、幾億の、空からかえってきた滴を抱きとめる、おおきな、おおきな海の腕。
その懐で息を止めて雨を見ていると、なにかが、こころにあふれてくる、気がする。
遠いむかしの、記憶、わすれてしまった、ことば。
「るな、もうあがらないと風邪ひくよ。」
強くなってきた雨音とさざめく波の音の向こうに、呼ぶ声を聴きとって、娘は肺に残
った空気を、ふぅとはいて、砂浜へと水を蹴った。
風のようにかすめる水流に、首にかけた水色の月のペンダントが、ちらちらと揺れた。
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