人間が住める地域から、遥かに離れた場所にあり、今でも昔の生物達がいる、海。
瞳を閉じて音を聴いていると、不思議と、海のことが娘の心の奥に浮かんでくる。
一度も見たこともなくて、想像もつかないのに、何故だか、懐かしく想えて。
繰り返すマシン・ノイズの音、あれは、海の水が陸地に打ち寄せて、還ってゆく音に
似ている。
そう、娘の知らない、心の奥底の遠い記憶が想い出す。
「不思議ね……すごく怖いのに、怖くてたまらないのに、何だかほっとする……」
墜ちてゆく先が海だったら良かったのに、そう、娘は想う。
だが、機体の真下、雨が降りてゆくその先には、一面の砂丘が広がっていた。
背後で大きな爆発音が、懐かしい音を破って響く。
一瞬、大きく機体が揺れて、橙の強い灯が灰色の空気に照り返る。
「ねえ『翼』、魚になって、一緒に海の底まで降りてゆこうよ。最後まで、二人で空を
飛んでいたい。」
だんだん大きくなってゆくマシン・ノイズの彼方に、娘はぽつりと言葉を届ける。
「どのみち、いつか墜ちるんだったら、今『翼』と一緒に墜ちる方がいい……。」
「魚というよりは貝かもしれないですね。こう見えても私の殻は頑丈ですから。」
また、自分でも予期しない「言葉」を、『翼』は返す。
不意に、何処からか不可思議な判断結果が、次々と自分の回路から伝達されてくるの
を『翼』は感じた。
下は砂丘、衝撃を和らげるよう軟着陸させれば、パイロットは救えるかもしれない。
機体に燃える炎がまわらずに、大地までこの機体と制御機構が持ちさえすれば。
演算機構の結果は、一刻も早いパイロットの脱出を告げているにも関わらず、空気を
切る機体の金属から、空を飛ぶこの機械の全体から、あふれてくる。
何よりも、自分の手で、殻の中の『小さな月』を護りたい。
いつかもう一度、娘と空を飛びたい。
それは、この空を飛ぶ機械の中に、小さな灯りのように生まれた、想いだった。
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