そら とぶ ゆめ Act.1  Eden / page6


 娘は、恐々と、両手に握った操縦桿をそっと離した。  ふぅ、と、ちいさな吐息をひとつ浮かべて。  とたんに、身体中を殻のように包んでいた緊張が、空気に融けるように抜けてゆく。  その、あまりの開放感と、代わりに押し寄せる灰色の雲のような不安に、瞼の奥が熱 くなる。  ひとつ間違えただけで自分の身を打ち砕く光弾を、ただかわし続けること。  光弾を放ち、幾つもの敵機を撃墜すること。  幾人もの敵の飛空兵を、空から墜とすこと。  そんな、飛ぶことの怖さ、緊張を、娘は、絶えずこのちいさな両手に握り締めていた。  それは、他の飛空兵達のように、戦いに勝つためや、生きのびるためではなくて。  ただ、月を見ながら、ずっと、ずっと空を飛びつづけていたかったから。  何時の日か、月まで飛んでみたいとさえ、想ってた。 「静かね……。何だか空じゃないみたい。」  深く座席にもたれて瞳を閉じると、静かな音たちが聴こえてくる。  傷つきながらも、なお飛びつづけようと回転し続ける、動力機構の高い響き。  機体を一瞬とりまいて、すぐに遥か後ろへと流れてゆく、水の流れのような、空気の 音。  涙のように、空を墜ちてゆく、幾つもの雨の滴のおと。  微かに閉じた瞼の奥にまで届く、ちいさな生き物のような、警告灯の明かり。  そして、ひときわ大きく、規則的に寄せては引いてゆく、さらさらとしたマシン・ノ イズ。 「ねえ、海に住んでいた昔の生き物って、何て言うんだっけ。」  瞳を閉じたまま、娘はふと、こんな質問の言葉を投げた。 「魚や、貝ですね…。今でも、僅かな数ですが海に生息していると言われてます。」  パイロットの質問の意図を解析しながら、機体は回答を送る。 「魚が海の中を泳ぐのって、もしかしたらこんな感じなのかもね。」




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