「ルナ、もうあまり時間がありません。」
淡々と、少し諭すような音の波形を算出して、半月形の通信片に伝える。
パートナーである『小さな月』の感情や過去の行動から演算された、機械の、符号。
誰より速く空を飛び、幾つもの敵機を墜とした撃墜王。
同時に、戦うにはまだ幼い、一人の娘。
その想いを、『翼』は分析し、演算し、最良の結果を音声にして送る。
いくら、それが人の話す声と同じでも、それは演算結果でしかない。
シミュレートし、検算し、有効性の検証すらできる、擬似的な「言葉」でしか。
だが、時に演算の結果とはかけはなれた音声を、『翼』は通信片に送ることがあった。
徐々に近づくように、こすれるようなノイズだけが、絶え間なく響く。
「たったひとりで、空から墜ちるなんて、絶対嫌。そんなの、怖すぎるもの……。」
水色の月を通じて、微かな震えとともに、ぽつりと呟きが返ってくる。
ちいさな娘の、想いの奥から届く、言葉。
「雨の滴が、私の代わりにお供しますから。」
自分でも予期せず、機械はこんな「言葉」を返す。
こんな時は、後からいくらシミュレートしても導き出せない、不思議な結果を。
「『翼』、あなたと話してると、時々あなたが機械だってことが信じられなくなるわ。」
少し驚いたように、『小さな月』は優しく言った。
名前を告げないパートナーを、『翼』が初めてその呼び名で呼んだ時も、そうだった。
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