「ふうん……私、見たことなかった。」
「気候制御された街の中では、ほとんど見ることはできませんからね。月も、雨も。」
そうね、と声に出さずに呟いて、娘は透明な殻をじっと見つめた。
煙のように幾重にも重なった、灰色の夜気から、幾千、幾億と墜ちてゆく、水の滴。
その無数の静かな落下の、ほんの一片だけが、炎をあげて音の速さで墜ちる翼と出逢
う。
水の流れを切るように、瞳からこぼれた水滴が頬をつたうように。
一瞬、風防に止まった雨の粒子は、はじけるように透明な表面をつたって、背後に流
れてゆく。
「まるで、涙みたい。夜空も、涙を流すんだ……ちゃんと、憶えておかなちゃ。」
たぶん、この夜空の涙が、私が飛んだ最後の記憶になるから。
飛ぶことが怖くて、だけど、何より大好きだった娘は、そう、心に呟いた。
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