「リトル・ルナ、あなたの名前を教えてください。」
機械の音声が、通信片を通じて、淡々と娘へと届けられる。
時折、かすれるようなノイズが、その声に混じる。
ひと時、二人の間には、そのマシン・ノイズだけが鼓動のように伝わってゆく。
「私はリトル・ルナ、『小さい月』よ。」
やがて、娘は静かに答えた。
「だって、あなたがそう呼んでくれたから。」
「私が知りたいのは、あなたの本当の名前です……脱出殻を射出します。」
やや伝達速度を速めた、『翼』の機械の声。
演算装置で計算されて生まれた、擬似的な「焦り」の表現。
脱出するということは、飛空兵が自らの命のために、攻撃機という貴重な物資を、そ
して愛機という戦友を捨てることを意味する。
それには、重大な責任があり、状況によってはいかなる罰則も受けるという覚悟を要
する。
だから、ヴォイス・レコーダの最後に名前を刻み、自らの責任を認めない限りは、脱
出機構は作動させることはできない。
逆に、この証拠が残されていない場合、敵味方に関わらず、墜ちた機体を調査するこ
と、再生することは許されない。
そして、奇跡的にパイロットが生還した場合、一切の責は問われない。
それが、飛空兵達のルールだった。
もっともそれは、かつて資源が枯渇していた頃に作られた慣習だった。
現在では、あらかじめパイロットの名前を機体に登録しておき、あとは機体の判断で
自動的に脱出を決行する。
だから、パイロットが機体に名前を教えることは、今でははじめて二人で空を飛ぶた
めの儀式のようなものだった。
だが、はじめて空を飛ぶ時、娘は機械に名前を教えなかった。
そして代わりに、機械に、名前を与えた。
どこまでも、どこまでも飛びつづける、遠い昔の生物達に例えて。
『休まない翼』、と。
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