そら とぶ ゆめ Act.2  旅 人 / page10


 はじめは、うたが空気に描く曲線だけが、時間をゆるやかに進めていました。  そのうたに包まれて、私もまた、何かをぼんやりと想いだしていた気がするのです。  空を飛ぶ夢の中でも、一瞬気づいた、何か大事なことばと、大切な名前。  からん、からん。  突然、うたの波間に、私の足元から、軽い金属の転がる短い和音が響きました。  驚いて見た足元には、草の影に転がった、古い金属の円筒型の缶。  そして、その後を追うようにして、私の方に向かって。  大好きな『護り人』が、たどたどしく歩いていました。  一歩歩く毎に、重々しい動きの調べをうたに添えて、瞳を橙色に明滅させて。 「『護り人』、動いてる!」  私は、歓声をあげて、『護り人』の目の前に駆け寄りました。  『護り人』は歩みを止めると、金属の手で、自分の胸のポケットのような箱から何か を取り出しました。  ゆっくりと私に差し出した手に、水色の、三日月のような形の金属。 「……僕に?」  何だか嬉しそうに明滅する、橙の瞳に促されて、私は水色の三日月を手に取りました。  その瞬間、何かが弾けたように、目の前に不思議な光景が広がったのです。  いつもと変わらない、楡の樹が見守る、ささやかな夕暮れの草原。  そこに、見たこともない服を着た、たくさんの子供達が遊んでいました。  追いかけあったり、はしゃいで『護り人』に抱きついたり、円筒形の缶を蹴ったり。   ヤット、見イツケタ。  子供達と遊んでいた『護り人』が、私に気づいて、軽やかな動きで駆け寄って。   モウ、日ガ暮レルカラ、ソロソロオ帰リ。 「……どうして? 僕もずっと此処にいるよ。何処へ帰れというの?」   君ガ、ウタヲウタエルトコロヘ。  「機械」のその言葉とともに、目の前の草原はかき消えて、代わりに、優しい月明か りに照らされた蒼い空。 「でも、僕は空を飛べない。僕の翼は、もう動かないから。」  少し困ったように、『護り人』が瞳を静かに蒼く輝かせた、その直後。  気がつくと、私はもとの草原に戻っていました。  目の前には、金属の手を差し出したままの、『護り人』。  水色の三日月を、私に託したその瞳は、今はもう、何色の光も宿していませんでした。  うたを歌い終わり、箱を閉じた「機械技師」も、瞳を閉じたままで。  ただ、夜の訪れを告げる風が、葉と草を揺らす音だけが、そこに残っていました。




←Prev  →Next

ノートブックに戻る