はじめは、うたが空気に描く曲線だけが、時間をゆるやかに進めていました。
そのうたに包まれて、私もまた、何かをぼんやりと想いだしていた気がするのです。
空を飛ぶ夢の中でも、一瞬気づいた、何か大事なことばと、大切な名前。
からん、からん。
突然、うたの波間に、私の足元から、軽い金属の転がる短い和音が響きました。
驚いて見た足元には、草の影に転がった、古い金属の円筒型の缶。
そして、その後を追うようにして、私の方に向かって。
大好きな『護り人』が、たどたどしく歩いていました。
一歩歩く毎に、重々しい動きの調べをうたに添えて、瞳を橙色に明滅させて。
「『護り人』、動いてる!」
私は、歓声をあげて、『護り人』の目の前に駆け寄りました。
『護り人』は歩みを止めると、金属の手で、自分の胸のポケットのような箱から何か
を取り出しました。
ゆっくりと私に差し出した手に、水色の、三日月のような形の金属。
「……僕に?」
何だか嬉しそうに明滅する、橙の瞳に促されて、私は水色の三日月を手に取りました。
その瞬間、何かが弾けたように、目の前に不思議な光景が広がったのです。
いつもと変わらない、楡の樹が見守る、ささやかな夕暮れの草原。
そこに、見たこともない服を着た、たくさんの子供達が遊んでいました。
追いかけあったり、はしゃいで『護り人』に抱きついたり、円筒形の缶を蹴ったり。
ヤット、見イツケタ。
子供達と遊んでいた『護り人』が、私に気づいて、軽やかな動きで駆け寄って。
モウ、日ガ暮レルカラ、ソロソロオ帰リ。
「……どうして? 僕もずっと此処にいるよ。何処へ帰れというの?」
君ガ、ウタヲウタエルトコロヘ。
「機械」のその言葉とともに、目の前の草原はかき消えて、代わりに、優しい月明か
りに照らされた蒼い空。
「でも、僕は空を飛べない。僕の翼は、もう動かないから。」
少し困ったように、『護り人』が瞳を静かに蒼く輝かせた、その直後。
気がつくと、私はもとの草原に戻っていました。
目の前には、金属の手を差し出したままの、『護り人』。
水色の三日月を、私に託したその瞳は、今はもう、何色の光も宿していませんでした。
うたを歌い終わり、箱を閉じた「機械技師」も、瞳を閉じたままで。
ただ、夜の訪れを告げる風が、葉と草を揺らす音だけが、そこに残っていました。
|