そら とぶ ゆめ Act.2  旅 人 / page9


「……『護り人』、いつかまた、動けるようになるの?」  夕風に溶け去りそうに、無意識にうまれた、微かな言葉。  それは、今までずっと答えを知りたくて、それでいて知りたくない、問いでした。  ちょうど、自分の背の、動かない翼のことと、同じように。  その私の言葉に、「機械技師」は、ちょっと聞き返すようにその優しい瞳を瞬いて、 そのまま、しばらく何も答えませんでした。 「この子、あなたが気に掛かって、何か伝えたくて、うたを想い出してる。」  やがて「機械技師」は、空の中に言葉を探すように、軽く梢の向こうを見上げて、ゆ っくりと答えました。 「だから、もしかしたら、動かせるかもしれない。」 「ほんとうに?」  私は、思わず喜びの声を出しました。そんな声を出す自分に、少し戸惑いながら。 「……でも、本当に動かしてしまっていいのか、わからない。」  そんな私を鎮めるように、「機械技師」は、ぽつりと言葉を継くのでした。 「どうして、ですか?」 「動かしたら、うたを歌いやめて、また深い眠りに就いてしまうかもしれない。」 「もし僕に何か伝えたがってるのが本当なら、『護り人』を動かして。」  静かにあふれてくる、自分の想いに身を任せて、若い旅人に、言葉を届けて。 「……だって僕は、『護り人』のうたを聴くことはできないのだから。」  しばらくの間、葉ずれの音を鳴らす夕風だけが、楡の樹の時間を通ってゆきました。  やがて「機械技師」は、決心したように、そっと瞳を閉じて、小さく息をつきました。 「……うまくいかなかったら、ごめんなさい。」  そして、胸に抱いた金属の箱を軽く開けて、ふぅ、と息を吸って。  「機械技師」は、『護り人』を動かしたのでした。  瞳を閉じたままその声を紡いで、届くようにと、うたを歌って。  それは、不思議なうたでした。  詞は何もなく、高く透き通った、日々の祈りのように慎ましくて厳かな歌声が、ただ ゆるやかに響くのです。  まるで、このささやかな草原に流れる時間の中に、旋律を描いて連なる、波のように。  そして、たったひとつの声が紡ぐうたなのに、優しく緊張した歌声が、幾重にも、幾 重にも響いて聴こえるのでした。  「機械技師」が旅をして聴いてきた、いくつもの想いの糸を、織りなして。  時折、ふっと息をつく「機械技師」に、寄り添って、一緒に歌うように。  手にした箱の中には、金属でできた、「機械」仕掛けの娘の人形が立っていました。




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