そら とぶ ゆめ Act.2  旅 人 / page8


    * 「こいつも、一緒だよ。」  オルガン弾きの少年は、ぽつりと呟いて、そっと白と黒の鍵盤に触れた。 「僕が、弾きたい曲や詩の想いで、こいつをいっぱいにできないと、うたを奏でてくれ ないんだ。」 「僕がいなくなったら、「機械技師」が、こいつのうたを聴きに来てくれるのかな。」  若い旅人は、何も応えずに、静かな、少し不器用な微笑みを返した。     * 「この子は、子供と一緒にいるのが好きだったのね。」  ひと呼吸おいて、「機械技師」は、ぽつりと言葉を浮かべました。 「草原で子供達と遊んでいることと、空を飛ぶ夢を見ているあなたのこと、歌ってた。」 「『護り人』は、昔は、空を飛んでいたのですか?」  その言葉に、私はふと思い立って、こんな質問をしました。  すると「機械技師」は、箱を持ったまま、そっと『護り人』の前に軽く屈みました。  少し首を傾げて、その黒の瞳で、「機械」の双つの硝子の瞳を見つめて。 「たぶん、この子は空を飛ぶようには創られていなかったと思う……どうして?」 「……ここで眠ってしまった時だけ、空を飛ぶ夢を見るのです。」 「もしかしたらこの子のある部品が、遠い昔空を飛んでいたのかもしれない。」  少し考えてから、「機械技師」は不思議なことを言いました。 「……そんなこともあるのですか?」 「もちろん。逆にあなたが、この草原を渡る風だったのかもしれないし、空を飛ぶ 「機械」だったのかもしれない。」  長く、葉の影を地面に落とす、さらさらと揺れる大樹の翠色を、見上げて。 「そして、わたしだってこの楡のように、大きな一本の樹だったのかもしれない。」  もう一度、あの柔らかくて儚い微笑みを浮かべて。  よく、村に旅人が訪れたと聞くと、子供達は学校から一目散に飛び出して、話をせが みに行ったものでした。  そんな時、何処か冷めていた私は、興味がなくてひとりで本を読んでいました。  でも、「機械技師」という旅人に逢って、はじめてみんなが話をせがむのがわかる気 がしたのです。  この頃の私は、「機械」と同じように、からっぽの箱を抱えていたのかもしれません。  私のその箱を、若い旅人は、不思議な言葉を届けて、あふれさせていったのです。  その言葉にあふれた私は、とうとう、誰にもきくことのできなかったことを、「機械 技師」に尋ねたのでした。




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