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「こいつも、一緒だよ。」
オルガン弾きの少年は、ぽつりと呟いて、そっと白と黒の鍵盤に触れた。
「僕が、弾きたい曲や詩の想いで、こいつをいっぱいにできないと、うたを奏でてくれ
ないんだ。」
「僕がいなくなったら、「機械技師」が、こいつのうたを聴きに来てくれるのかな。」
若い旅人は、何も応えずに、静かな、少し不器用な微笑みを返した。
*
「この子は、子供と一緒にいるのが好きだったのね。」
ひと呼吸おいて、「機械技師」は、ぽつりと言葉を浮かべました。
「草原で子供達と遊んでいることと、空を飛ぶ夢を見ているあなたのこと、歌ってた。」
「『護り人』は、昔は、空を飛んでいたのですか?」
その言葉に、私はふと思い立って、こんな質問をしました。
すると「機械技師」は、箱を持ったまま、そっと『護り人』の前に軽く屈みました。
少し首を傾げて、その黒の瞳で、「機械」の双つの硝子の瞳を見つめて。
「たぶん、この子は空を飛ぶようには創られていなかったと思う……どうして?」
「……ここで眠ってしまった時だけ、空を飛ぶ夢を見るのです。」
「もしかしたらこの子のある部品が、遠い昔空を飛んでいたのかもしれない。」
少し考えてから、「機械技師」は不思議なことを言いました。
「……そんなこともあるのですか?」
「もちろん。逆にあなたが、この草原を渡る風だったのかもしれないし、空を飛ぶ
「機械」だったのかもしれない。」
長く、葉の影を地面に落とす、さらさらと揺れる大樹の翠色を、見上げて。
「そして、わたしだってこの楡のように、大きな一本の樹だったのかもしれない。」
もう一度、あの柔らかくて儚い微笑みを浮かべて。
よく、村に旅人が訪れたと聞くと、子供達は学校から一目散に飛び出して、話をせが
みに行ったものでした。
そんな時、何処か冷めていた私は、興味がなくてひとりで本を読んでいました。
でも、「機械技師」という旅人に逢って、はじめてみんなが話をせがむのがわかる気
がしたのです。
この頃の私は、「機械」と同じように、からっぽの箱を抱えていたのかもしれません。
私のその箱を、若い旅人は、不思議な言葉を届けて、あふれさせていったのです。
その言葉にあふれた私は、とうとう、誰にもきくことのできなかったことを、「機械
技師」に尋ねたのでした。
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