そら とぶ ゆめ Act.2  旅 人 / page12


 藍色の夜を、冷たい風に揺れるその影で黒く切り取っている、樹のしたで。  『護り人』は、私に水色の三日月を手渡した姿のままで、眠っていました。  古い真鍮や、銅の身体を、風と時間に洗われて。  少し離れた、今は深緑色に眠る草の間に、あの円筒型の缶が落ちていました。 「……ありがとう。行くね。」  私は、ただそれだけしか言えないまま、その手に、そっと渡しました。  私の、背中の羽の、ひとひらを。  そして、円筒形の缶を、『護り人』の足元に置いて、私はまた走りだしました。  夜の向こうに歩いていった、「機械技師」を追いかけて。  冷たい夜風に背中を押されながら、村を出て、私は駆け続けました。  今ならまだ、間に合うと、追いつけると、信じて。  揺れる路端の草に、私のちいさな影が幻燈のように映っていました。  呼吸をする度に、夜の空気を身体に取りこむ度に、私の中でぼんやりしていた、幾つ もの強い想いがあふれてきました。  もっと、「機械技師」の話を聴きたい。  「機械技師」についていって、他の「機械」達に逢ってみたい。  そうすれば、『護り人』が伝えた言葉の意味が、わかるかもしれない。  そして、不思議なことに、その時はこんな風にも想ったのを憶えているのです。  楡の前に立つ『護り人』のように、彼女を、護りたい、と。  あるいは、幼かった私は、純粋に旅人の娘に憧れていたのかも、しれません。  でも、私のそんな想いは、届くことはありませんでした。  やがて、街道が緩やかな丘にさしかかった、小さな樹のたもとで、走り疲れた私は座 り込んでしまったのです。  私は、涙をこぼしながら、水色の三日月を握り締めて、翼に渾身の力を加えました。  この時、はじめて心の底から想ったのです。  空を、飛びたい、と。  空を飛べれば、「機械技師」を見つけることができる。  空を飛べれば、彼女に追いついて、ついてゆける。  だけど、水色の三日月は何も応えることはありませんでした。  そして、動かないままの、右の、翼も。     * 「……で、そのまま彼女と同じように、私も「機械」に逢いに旅を続けているのです。」 「私は「機械」達のうたを聴くことはできないけど、彼らに逢っていると、ぼんやりと 想い出すことがあるのです。」  若い旅人は、少し照れたように目を細めて、こう、話を締めくくった。 「……私も、遠い昔「機械」だったことがあるのかも、しれない。」




←Prev  →Next

ノートブックに戻る