藍色の夜を、冷たい風に揺れるその影で黒く切り取っている、樹のしたで。
『護り人』は、私に水色の三日月を手渡した姿のままで、眠っていました。
古い真鍮や、銅の身体を、風と時間に洗われて。
少し離れた、今は深緑色に眠る草の間に、あの円筒型の缶が落ちていました。
「……ありがとう。行くね。」
私は、ただそれだけしか言えないまま、その手に、そっと渡しました。
私の、背中の羽の、ひとひらを。
そして、円筒形の缶を、『護り人』の足元に置いて、私はまた走りだしました。
夜の向こうに歩いていった、「機械技師」を追いかけて。
冷たい夜風に背中を押されながら、村を出て、私は駆け続けました。
今ならまだ、間に合うと、追いつけると、信じて。
揺れる路端の草に、私のちいさな影が幻燈のように映っていました。
呼吸をする度に、夜の空気を身体に取りこむ度に、私の中でぼんやりしていた、幾つ
もの強い想いがあふれてきました。
もっと、「機械技師」の話を聴きたい。
「機械技師」についていって、他の「機械」達に逢ってみたい。
そうすれば、『護り人』が伝えた言葉の意味が、わかるかもしれない。
そして、不思議なことに、その時はこんな風にも想ったのを憶えているのです。
楡の前に立つ『護り人』のように、彼女を、護りたい、と。
あるいは、幼かった私は、純粋に旅人の娘に憧れていたのかも、しれません。
でも、私のそんな想いは、届くことはありませんでした。
やがて、街道が緩やかな丘にさしかかった、小さな樹のたもとで、走り疲れた私は座
り込んでしまったのです。
私は、涙をこぼしながら、水色の三日月を握り締めて、翼に渾身の力を加えました。
この時、はじめて心の底から想ったのです。
空を、飛びたい、と。
空を飛べれば、「機械技師」を見つけることができる。
空を飛べれば、彼女に追いついて、ついてゆける。
だけど、水色の三日月は何も応えることはありませんでした。
そして、動かないままの、右の、翼も。
*
「……で、そのまま彼女と同じように、私も「機械」に逢いに旅を続けているのです。」
「私は「機械」達のうたを聴くことはできないけど、彼らに逢っていると、ぼんやりと
想い出すことがあるのです。」
若い旅人は、少し照れたように目を細めて、こう、話を締めくくった。
「……私も、遠い昔「機械」だったことがあるのかも、しれない。」
|