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「……るな?」
夜の影に潜む生物達の気配のように、微かに聞こえて、年老いた胸を騒がせる、ざわ
めき。
その聞き慣れぬざわめきの中に、ぽつりと娘の呟きが聴こえた気がして、風読みはそ
の身を床からそっと起した。
先程、つい娘に話しすぎてしまったことが、彼の胸のうちで引っかかってはいた。
あの時は、『機械技師』の手紙に書かれていた知らせに、驚いて少し興奮していたの
だと、思う。
自分を知っている『機械』が、この世界に眠っていたのを見つけたという、旅人の知
らせに。
風読みが異変に気づいたのは、そんなことを思いながら、娘の様子を見ようと病のた
めに鈍い足を急かして居間を通過しかけた、その時だった。
普段は風さえも通さぬ、観測所の塔へと続く『機械』の扉。
それが、あたかも螺旋の石段へと誘うように、大きく開いたままになっていた。
「何故、塔の扉が……。」
この扉は、絶対に自分に対してしか開かないはずなのに、と、心の内で呟く。
でも、それならば、開いた扉の奥から届く、この胸を騒がせるざわめきは、何なのか。
「いけない、あの『機械』に触れるには、るなの心はまだ……!」
そのざわめきの正体を悟った初老の風読みは、病んだ身体を省みず、冷たい石段を駆
け上がり始めた。
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