そら とぶ ゆめ Act.3  Psi-trailing / page13


   *  半円球の部屋の、円弧を描いている側の壁面に幾つか開いた明かり取りの窓から、月 明かりが淡い光の帯となって幾筋か差し込んでいる。  その光線が、つめたい床面にまるで人の血管のように幾重にも伸びている、金属の管 や箱達をあらわにする。  そうして、その金属の血管の繋がる先に、差し込む灯り達にその影を冷たい床面に切 り取られながら。  空を飛ぶ『機械』が、眠っていた。    鳥の、翼、みたい。  旧い金属を貼り合わせて作られたその細長い胴体は、小さく天へと向けて跳ねた尾か ら、くちばしのように尖った先端へと緩やかな曲線を描いて続いている。  そして、その身体を天空へと飛翔させるための、薄い水色の金属製の、巨大な『機械 』の翼。  左右一対のその翼は、塔の半円球の部屋一杯に拡げられ、窓からの淡い光に照らされ て、月を導に駆ける鳥の翼のように銀色に輝いている。  それぞれの翼の中央に、垂直に螺旋の十字形がひとつずつ。そして翼の裏側には、ま るで生物の器官のように、幾つもの金属管や円筒形、箱型の小さな『機械』が密集している。  そうして、空を飛ぶ『機械』は、まるで巣に憩う鳥のように、観測所の塔の一室で、 この雪の夜を静かに眠っていた。  あたかもその寝息のように、小さな碧色の光が、『機械』の胴体の前の方で点滅して いるのに、ふと娘は気づいた。  何処か、娘を呼びかけるように、灯っては消える、緑色の輝き。    わたしを呼んだのは、あなた?  心の中で無意識に呟いて、娘は碧い明滅の方へと歩みを進める。  『機械』の細い身体の先端の方を見ると、鳥に見たてるとちょうど頭にあたる箇所が 楕円形にくりぬかれていた。  その楕円の中を覗くと、沢山の細かい『機械』に囲まれて、木でも金属でもない奇妙 な黒い物質でできた、硬そうな椅子が、ひとつ。  緑色の光は、その椅子に向かい合った、小さな矩形の板の上で点滅した。  娘には解読できない、不思議な曲線の遠い過去の文字を、何度も、何度も、灯して。    ”please tell me your name, master.”  その文字に問いかけるように呟きながら、娘は何処か夢でも見ているような心地で、 『機械』の楕円の中へと身軽に入りこむ。    わたしを、「るな」と呼んでいたのは、あなた?    ”please tell me your name, master.”  娘が楕円形の中央の椅子に収まったその瞬間。  空を飛ぶ『機械』が、その眠りから、目覚めた。




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