そら とぶ ゆめ Act.3  Psi-trailing / page14


 銀色の巨大な翼を持つ『機械』の、無数の金属の器官が、飛翔するための力を奮い起 そうと鳴動する。  永い、永い眠りについていたその身体は、突然循環を開始した動力の血流に、苦しげ な軋みを掻き鳴らす。  娘をその核に迎えた、楕円形の壁面には、青、青、緑、赤、幾つもの灯火。    まるでゆりかごのような『機械』の核で、光達につつまれた娘は、不思議と驚きを感 じなかった。  それどころか、静かに気分が高まってゆくのさえ、覚える。まるで遠くで生まれた波 が、幾重にも岸に打ち寄せてくるように。    ”please tell me your name, master.”  その『機械』のゆりかごにたたずむ娘の脳裏に、不意に、胸の水色の月を通じて。  空を飛ぶ『機械』の、夢が、拡がった。     何処までも、何処までも続く、蒼い空。空と平行に、眼下には淡い緑色の、     一面の草原。     そのふたつの色に切り取られた世界を、小さな幾つもの銀色の翼が、滑空する。     まるで、渡り鳥の群れが、その本能に駆り立てられて、見知らぬ国へと旅を     続ける、ように。     右の翼の切っ先に感じる、風を切る心地好い、感触。     『機械』が、ずっと、ずっと、憧れていた、まだ味わったことのない、空を     飛ぶ、感触。     誰にも邪魔されずに、自由に空を飛ぶこと。     心の何処かで憶えている、その懐かしい感覚に、娘は鼓動が早くなるのを、     感じる。  娘の心の高揚に呼応して、『機械』の翼に備えられた、十字形の金属が、回転を始めた。  まるで刹那の時の巡りのような、人の目に止めることもできない無数の円弧を描く、 ふたつの螺旋十字。  その回転が生む動力に、観測所の塔の半円球の部屋に、すさまじい風が巻き起こる。     空の蒼と大地の緑が交わって消失する、その視界の果てに、不意に幾つかの     白銀の輝きが、灯る。     その輝きは、みるみるうちにこちらへと迫り、たちまちもうひとつの、鳥の     機影を形づくる。     『機械』の夢に急激にわきあがる、緊張と、殺気。     瞬く間に辺りは二種類の空を飛ぶ『機械』で一杯になり、それぞれが獲物を     狙う鷹のように、弧を描いて飛翔する。     金属の翼を震わせて、右へ、右へ、上へ。一瞬、天と地を逆転させて回転し、     もうひとつの『機械』の後ろに付く。     轟音とともに、『機械』から炎の矢が、放たれる。     矢は吸いこまれるように、もうひとつの『機械』の翼に突き刺さり、直後、     『機械』は橙色の炎に包まれる。 「……!」  声にならない、娘の、叫び。  まさにその時、『機械』の夢に呼応するように、塔の側壁が重い響きを奏でた。  半円球の部屋の、南側の壁がゆっくりと開き、微かに和らいだ暁の群青色の空を、あ たかも絵のように視界に広げる。  空を飛ぶ『機械』の正面に、夜の空へと、迎えるように。  朝へと向かう群青の空の、西の低くに、ぼんやりと、丸い月が映っている。




←Prev  →Next

ノートブックに戻る