そら とぶ ゆめ Act.3  Psi-trailing / page15


    無数の炎の矢が残す煙の軌跡に、それまで澄んていた空の蒼は、鈍い濃い灰     褐色と橙色に、汚れてゆく。     ひとつ、またひとつ、矢をその身体に受けた『機械』の鳥達が、翼を炎に焼     かれて、緑の大地へと墜ちてゆく。     鳥をひとつ墜とすたびに、なお高ぶる『機械』の殺気。そして、空を飛ぶこ     とへの、相手を墜とすことへの、憧れ。     娘の遠い記憶に呼応して甦った、強い、強い、想い。      それこそが、観測所の塔にずっと眠っていた、空を飛ぶ『機械』の、うた。   ”please tell me your name, master.”  その『機械』のうたと、目の前で明滅する『機械』から呼びかけを振り払うように、 娘は思わず頭を抱えて、強くかぶりを振る。  だが、瞳を閉じても脳裏に響くうたは消えない。  それどころか、うたは『機械』からのみならず、まるで月に呼応して潮が急激に満ち てゆくように、自らの遠い記憶の奥底からも沸きあがってくる。     ふっと、周囲の風景が一変した。     煙った蒼と、さざめく緑の二色に彩られていた世界が、不意に灰色がかった     藍色、ただ一色に包まれる。     天空と地上の境目も消え失せた、夜の闇の中を、いつの間にかただ一羽だけ     になった、娘を乗せた『機械』の翼。     見上げる天球には、星も、真白い月も、なにもない。     ただ、灰色に霞んだ藍色ににじんで生まれた、雨という名の水滴だけが、幾     つも、幾つも地上をめがけて、墜ちている。     突然、何処からともなく射られた炎の矢が、『機械』の右の翼に、深々と突     き刺さった。     その矢が宿した破滅の力が、瞬く間に娘と『機械』を橙色の炎へと包まんと     する。     『機械』の翼は、あっという間にその力を失い、大地へと墜ちてゆく。     無数の水滴とともに、娘もろとも鈍い橙色の雨となって。     最初は、不安だったけど、それほど恐怖は感じなかった。     誰かが、胸の水色の月を通じて、護るように、その手を強く握るように、娘     としっかりと繋がっていたから。     想い出せない、懐かしい、誰かが。     だが、その誰かとの繋がりも、やがて燃えさかる炎に焼き切れて、断ち切れる。     護っていた両方の手は離れ、地上へと還る落下の中で、遠く別れてゆく。          るな、るな、と、娘を呼ぶ悲痛な声が、最後の瞬間水色の月から届いて、途     切れた。     娘は、たったひとりで、空から墜ちてゆく。     水色の月からは、もう、何も聞えない。もう、何も伝えても届かない。     『機械』を無へと帰す業火に、少しずつその身体を焼かれながら。     たったひとりで、一粒の水滴となって、墜ちてゆく。 「いやあっ!」  あたかも胎児のように、その顔を細い膝に埋めて、娘はその耳を塞ぐ。  その小さな口から、生まれてはじめて発せられた、音。  無意識の内に、身体を引き裂くように放たれたその和音は、人の言葉には成り得ず、 悲痛な叫びとなって旧い塔の最上階に、響く。




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