「るなはまだ小さかったからね。その旅人も、少女と言っていいくらいの歳だった。」
少し寝椅子に深くもたれ直し、ゆったりとした姿勢になって、続ける。
時の糸をたぐって、遠い記憶を掬いあげるように。
「そんな若い旅人がいきなり訪ねて来て、観測所の塔に眠る『機械』に逢わせて欲しい
ときたものだから、さすがの僕も驚いたよ。」
塔にねむる、『機械』って?
きょとんとした面持で、娘は首飾りを介して、風読みに尋ねる。
無意識に、灰色の空へと伸びる、塔の螺旋階段に続く扉を見やって。
過去の観測所に続くその扉は、いつもは風読みの手によって、『機械』製の鍵で固く
閉められていた。
年に一度、雨降りを知らせる灯りを燈す時を除いて。
「……夏頃だったか、塔の風向計のことを僕に尋ねたことがあったよね。」
鳥さんの、かたちの?
「だから、鳥じゃないってあの時も言っただろう。あれは、鳥のような翼を持った、
空を飛ぶ『機械』を模っているんだ。」
風読みは、一瞬可笑しそうに軽く咳き込んでから、静かに、言葉を継いだ。
「その本物が、塔の中には眠ってる。彼女は、空を飛ぶ『機械』のうたを聴きに、ここ
まで来たんだ。」
窓の外では、相変わらず、空から雪が降り続けている。
この冬の夜の、ささややかなさざめきを吸収して、その白の六角形に包み込んで。
地上に降りた細やかな氷の結晶は、乾いた色の大地を、ほんのひとときだけ銀の無彩
色に染めてゆく。
海に降りた儚い音の結晶は、蒼い波に受け止められて、ゆるやかな水の循環へと還っ
てゆく。
空を飛ぶ『機械』って、うたを歌うの? 聴いてみたい。
硝子を一枚隔てた暖かい部屋で、燃やされた薪が、ぱちりと弾けるような音を立てた。
|