「かなしいうただと、彼女は言っていた。僕には、『機械』が歌うというのは、よくわ
からないのだけど。」
砕けた薪が残した、ひとときの静寂の後に、穏やかに初老の風読みは応える。
「だけど、あの翼が強い想いを宿したまま眠っているのは、僕には痛い程よくわかる。
下手に聴いてしまうと、惹き込まれそうになるくらいに、強い。」
「だから、心がもっと落ち着いたら、るなにも見せてあげよう。そう、忘れた言葉を、
思い出せるようになったら。」
ことばなんて、いらない。風読みが、ちゃんと聴いてくれるもの。
不満そうに直接心に届ける娘に、風読みは、ちいさく、寂しそうに笑う。
「僕だってもうこんな身体だ、いつまでるなのことを聴いてやれるかわからない。」
風読みのつぶやきに、娘は怒ったように、きゅっとその腕を引き寄せて、抱きしめる。
「ごめん、僕が悪かった。でもね、言葉は、船が海の果てに流れてしまわないための、
錨のようなものだよ。」
なだめるように、諭すように継いでゆく、静かな声。
「例えば……、そう、人はどうして人や物に、名前という言葉を与えるのか、わかるかい?」
風読みの問いに、まだ腕をちいさな手で抱えたまま、娘は首を傾げた。
「その人のこと、その物のことを忘れないためだ。大切な想いをずっとずっと憶えてい
るために、人は名前を付けるし、自分の名前を教える。」
「だから、るなという君の名前も、たったひとつの、大切な言葉なんだよ。」
諭すようでいて、優しく包み込むように語られる言葉を、娘は胸の内でそっと溶かし
て受け止める。
わたしの名前、風読みがつけてくれたの? ずっと忘れないために?
「いや……僕じゃない。多分、君は僕に逢う前から、るなという名前だったと思う。」
風読みは暫く考えてから、ぽつりとこぼれた娘の問いに、答えた。
|