そら とぶ ゆめ Act.3  Psi-trailing / page5


「かなしいうただと、彼女は言っていた。僕には、『機械』が歌うというのは、よくわ からないのだけど。」  砕けた薪が残した、ひとときの静寂の後に、穏やかに初老の風読みは応える。 「だけど、あの翼が強い想いを宿したまま眠っているのは、僕には痛い程よくわかる。 下手に聴いてしまうと、惹き込まれそうになるくらいに、強い。」 「だから、心がもっと落ち着いたら、るなにも見せてあげよう。そう、忘れた言葉を、 思い出せるようになったら。」   ことばなんて、いらない。風読みが、ちゃんと聴いてくれるもの。  不満そうに直接心に届ける娘に、風読みは、ちいさく、寂しそうに笑う。 「僕だってもうこんな身体だ、いつまでるなのことを聴いてやれるかわからない。」  風読みのつぶやきに、娘は怒ったように、きゅっとその腕を引き寄せて、抱きしめる。 「ごめん、僕が悪かった。でもね、言葉は、船が海の果てに流れてしまわないための、 錨のようなものだよ。」  なだめるように、諭すように継いでゆく、静かな声。 「例えば……、そう、人はどうして人や物に、名前という言葉を与えるのか、わかるかい?」  風読みの問いに、まだ腕をちいさな手で抱えたまま、娘は首を傾げた。 「その人のこと、その物のことを忘れないためだ。大切な想いをずっとずっと憶えてい るために、人は名前を付けるし、自分の名前を教える。」 「だから、るなという君の名前も、たったひとつの、大切な言葉なんだよ。」  諭すようでいて、優しく包み込むように語られる言葉を、娘は胸の内でそっと溶かし て受け止める。   わたしの名前、風読みがつけてくれたの? ずっと忘れないために? 「いや……僕じゃない。多分、君は僕に逢う前から、るなという名前だったと思う。」  風読みは暫く考えてから、ぽつりとこぼれた娘の問いに、答えた。




←Prev  →Next

ノートブックに戻る