その静寂を破って、凪の海に訪れた夕風が、ちいさなさざ波を立てるようにして生ま
れた、ちいさくて、確かな疑問を、娘は投げかけた。
だが、風読みはその疑問に答える言葉を持たず、静かにその首を左右に振る。
「るな、というのは、月を表す、遥か昔の言葉だ。」
やがて、考えをめぐらせるようにゆっくりとした口調で、風読みは再び言葉を継いだ。
「この手紙をくれた彼女が話していたおとぎ話なのだけど、月は、もうひとつの世界に
繋がる、扉なんだって。」
「……あんがい、るなは月の扉を抜けて、雨の滴と一緒にこの世界に降りて来たのかも、
しれないね。もしかしたら、呼ぶ声は月の向こう側から届いたのかもしれない。」
じゃあ、風読みは、このお月さまで、ずっと、誰の声を待っていたの?
待っていたのに、どうして、わたしにこのお月さまを、渡したの?
ちいさな胸の内のさざなみは、ひとつ、またひとつと、心の岸辺へと寄せてくる。
「……それらの問いは、答えるには難しいし、時間がかかる質問だ。僕にだって、よく
わからないところも、ある。」
その寄せてくるちいさな波を、受け止める術を持たす、初老の風読みは目を閉じた。
「僕が少し話しすぎてしまったのは悪かったのだけど、だから、それらの問いは旅人が
ここを訪ねて来てくれたら、一緒に話しながらまた考えよう。さあ、さすがに僕も疲れ
たから、少し眠らせておくれ。」
風読みは娘の疑問を穏やかにさえぎり、本当に疲れたようにためいきをついて、眠り
に就いた。
後には、濡れた服もすっかり乾き、身体も温まった娘と、時折はぜて暖かい音を立て
る暖炉の灯だけが残された。
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