窓の外を見ると、先程よりは勢いを失っているものの、雪は依然として降り続けている。
その小さく白い粒子が、大地に降り積もってゆくように、胸のうちに、いろいろな疑
問が音もなく積もってゆくのを、娘は感じていた。
空を飛ぶ『機械』のこと、風読みが自分に渡した水色の月のこと、「るな」という、
名前のこと。いろいろな粒子がふわふわと降りてきて、何だか、落ちつかなかった。
言葉だけではなくて、もっと何か、大切なことを忘れている気がして。
やがて、娘は風読みが安らかな寝息を立てているのを確認し、敏捷に傍らの手紙を取
りあげ、紙片を開いた。
旅人が風読みへと宛てて記した言葉を、盗み読みするために。
*
観測所の風読み 様
お元気ですか?
今、私は海に沿って、 相変わらず機械のうたを集めながら旅を続けています。
ようやく国境まで着いたので、早速手紙を書いています。
本当は、突然観測所を訪ねていってびっくりさせようかと思ったのですが、
もう、あまり時間がないので、もしかしたら逢いにいけないかもしれません。
なので、忘れないうちに、ここに書き残しておきますね。
ずいぶん前のことですが、旅の途中で、あなたを知っている機械に、逢いました。
人の形をした子で、にれの樹の前に立って、静かに眠っていました。
ただ、傷ついて飛べなくなってしまった翼の民の少年が、その子の友達みたいで、
その少年が傍らにいると、想い出したように、小さな夢を見るのです。
その子は、不思議なことに、少年と、あなたのことを重ねながら、
そらを、飛ぶ、夢を、みていました。
何故、その子があなたを知っていたのか、観測所の空を飛ぶ機械と関係があるのか、
そこまでは私にも聴きとれなかったのですけど。
でも、もしかしたら、遠い時間のカーブの中で、何処か繋がりがあるのかも、
しれません。
もしも、観測所を訪ねることができそうでしたら、あなたと、大きくなったるな
に逢えるのを楽しみにしています。
それが叶わなかったら、雨降りの日に、遠くあなたのうたを、聴くことにしよう
と思います。
それでは、この辺で。
機械技師
*
そら、とぶ、ゆめ ?
手紙に記された、言葉は、娘は胸の内でそっと呟いた。
その瞬間、海の底で生まれた小さな泡が、ゆっくりと浮上してやがて水面に辿りつい
て弾けるように、娘の記憶の奥底で、何かが弾けた。
渡り鳥が、時が至れば遠い国へとはばたかねばならぬことを、その本能のうちに想い
出すように。
だが、その弾けた記憶の泡沫に、娘自身は、まだ気づいてはいなかった。
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