そら とぶ ゆめ Act.4  tears (I) / page10


 そんな旅人を後目に、不意に残った香草茶をくいっと飲み干やいなや、女の子は織り 具へと向かい始めた。  旅人がこの『月帽子織物店』に訪れた時に織っていた、織りかけの、小さな宇宙。  その小さな宇宙に、女の子は軽やかに細い指を動かして、夜空の蒼い糸を、星の砂を 織り込んでゆく。  『機械』が持った糸巻きが、さらさらと音を立てて回り、女の子の創る星空へと、青 の色を補う。 「旅人さん、心から望んでいることって、言葉にして声にすれば、いつかきっとかなう のよ。」  手早く織り具を操って、目の前に生まれる星空に集中しながら、女の子は強い口調 で、言う。  そんな、急に夢中になって織物を織り始めた女の子を見て、旅人は、ぽつりと応える。 「……あなたは、まだ若いのに、強いのですね。まるで、小さな魔女みたいだ。」  そんなことない、という風に首を強く横に振って、まだ視線は織り具に向けたまま で、女の子はこう返す。 「わたしね、たとえつらいことがあった時でも、いつもいつも、こう、言葉にして、歌 ってるの。」 「きっと きっと あさっても 幸せ、って。」 「あさって、なのですか? 今日や、明日ではなくて……?」  不思議そうに呟かれた問いに、女の子はようやく旅人の目を見て、にっこりと、笑う。 「明日は、もう望むまでもなく幸せなんだって、信じてます。……今日だって、旅人さ んに逢うことができたもの。」  そんな女の子の、目には見えないけど、それでもまるで夏の夜に低く浮かぶ一等星の ように強く輝いているように思える、瞳。  その瞳と向かいあって覚悟を決めたように、ようやく旅人は、願いを言葉を声に出し て、届けた。 「……彼女に、『機械技師』に、もう一度逢いたい。」 「逢って、遠い昔、空を飛ぶ『機械』だった私に、言葉を届けてくれた人のことを、知 りたい。」     *




←Prev  →Next

ノートブックに戻る