そら とぶ ゆめ Act.4  tears (I) / page9


 やがて、『機械』の創り出した、数分間の一夜の星空は終わりを迎え、『機械』は半 円球の中心で、もとの眠りへと戻っていった。  それでも、後に残された旅人は、まだ想い出した記憶の、瞳からこぼれる涙の余韻 に、ただ立ち尽くすことしかできないままだった。  我に帰った女の子が、『機械』から取り外した灯りをもう一度燈し直して、店の中を 明るく照らしだすまで。 「彼女は別れ際に、あなたのうたも、届けるから、と言っていました……。」  ようやく、頬にこぼれた涙をぬぐって、旅人は、少し恥ずかしそうに微笑んで、女の 子に呟く。 「今思うと、多分彼女は、私が『機械』だったのに、気づいていたのだと、思います。」 「……わたしには、旅人さんが『機械』だったということは、よくわからないのだけど。」  ふうと、深く息をついてから、新しい香草茶のポットにお湯を注ぎながら、女の子は応える。  微かに甘く、心落ち着かせる野草の花の香りが、ふんわりと店内に満ちる。 「本当に、もうひと月早ければ、『機械技師』さんに逢えたのにね。」  だが、旅人はそんな女の子の言葉に、諦めたように首を横に振る。  自分のことを想い出した今、再び湧きあがってきた、旅に出た頃の望みとは、うらは らに。 「……彼女だって、私が同じように『機械』に逢いに旅を続けていることを知っている はず……きっと、私に逢おうとは、思ってないでしょう。」 「ねえ、どうして『機械技師』さんは、世界中の『機械』のうたを集めるのでしょうね。」  沈黙した操作板に置かれた、旅人のティーカップに淡い色の香草茶を注ぎながら、ふ と女の子は旅人に尋ねかける。  一度だけ出逢った、『機械技師』のことを、思い返しながら。 「……遠くにいるみんなに、うたを届けるために、と言ってました。」  旅人は、この建物に、ほんのひととき一面の星空を創りだす『機械』を、息をついて 見つめる。  旅人の記憶に反応して、もう一度目醒めた、星の位置と色彩を識る双つの球体は、今 はまた静かな眠りの時を迎えている。  女の子が、その手で織物に星空を紡ぐのを、蒼い糸巻きを持って手伝いながら。  この『機械』に届けられた、人の言葉。その言葉にどのような想いが込められていた のか、旅人には想像すら、つかなかった。 「『機械』のうたを集めて、届けるのって、もしかしたら、つらいこと、なのかしら。」  その旅人の物思いを破って、ぽつりと女の子が、思いがけないことを呟いた。 「どうして、そんな風に……?」 「わからないですけど、『機械技師』さん、ずっと穏やかに微笑んでいたのに、何だ か、何処かひとりで、寂しそうに見えたから。」  そう言われてはじめて、旅人は、幼い日の自分に『機械』のうたを集めて旅をしてい ると言った、『機械技師』の微笑みを想い出した。  やわらかくて、そして、はかない、彼女の微笑みを。




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