そら とぶ ゆめ Act.4  tears (I) / page12


 地上に寄せる波の調べは、昼も、夜も、絶えることなく奏で続けられる。旅人の、遥 かな高みで巡り続ける、月のかたちに従って。  その緩やかな調べをずっと耳にしながら、旅人は海岸線に沿って急ぎ足で歩いてゆく。  冷たい空気に一瞬浮かぶ真白い吐息、そして、それよりは僅かに永い時間をかけて消 える、砂浜の足跡を、その軌跡に残して。  ずっと旅をしてきて、『機械技師』との差がここまで縮まったことはなかった。  『月帽子織物店』のあるこの地方から、次の『機械』がある場所へは、採る道の選択 肢は、そう多くはない。  その中から、旅人は海岸沿いに南へ下る道を選んだ。  これから寒い冬が来ることを考えるならば、渡り鳥に習って、暖かい地方へと向かっ た方がよい。  そして、胸の水色の月の『機械』が、時折届ける波の調べが、何よりも旅人を導いて いるように、思えたから。  この、最初の選択さえ間違っていなければ、この時間差ならば、きっと彼女の軌跡を 拾える、はず。  ふと、一つだけ、あの女の子に話さなかったことがあったのを、思いだす。  自分が、鳥の民の生まれで、飛ぶことのできない翼をその背に持っていることを。 (あの子の言うように、声に出して望めば、何時かもう一度空を飛べるようになるだろうか。)  一瞬想ってみたが、声には出さなかった。  砂浜や岩影を歩いて行くと、絶えず暗い夜の闇に沈んだ、海が聴こえる。  低く浮かんだ月の輝きに、波間が微かな光の粒をちらちらと映して、応える。まる で、耳には聞えない言葉で、密やかな会話をしているように。  海を見ながらの旅は、何処かほっとするような、気がする。 (彼女に、『機械技師』に、逢いたい。逢って、忘れてしまった、大切な人のことを、 知りたい。)  今度は声には出さずに、だがはっきりと、想う。幼い日の彼女への憧れとは違う、確 かな、願い。  その願いを、水色の月と、肩にかけた小さな星空に抱きしめて、旅人は海岸線を歩い てゆく。  やがて来る冬、そして、春へと向けて。                                    Fin.




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