そら とぶ ゆめ Act.4  tears (I) / page4


「……もうひと月くらい早く着いていれば、ちょうど『機械技師』さんに逢えたのにね。」  女の子は、ふうと息をついて、ほんの一口香草のお茶を飲んでから、そっと呟いた。  海岸に埋まった半月の内側を、そのままくりぬいて造ったような、半円球の広間。  その半円球の中心に、眠る古えの、『機械』。  静かに眠る『機械』の前で、女の子のいれた甘い香りのお茶を飲みながら、若い旅人 はかいつまんで『機械技師』のことを話した。  『護り人』に『機械技師』が逢いにきたこと。彼女を追って旅に出て、今は自分も各 地に眠る『機械』に逢うために、旅を続けていること。 「……でも、今となっては、まだ彼女に逢いたいと願っているのか、自分でもよくわか らない、ところもあります。」  幾つかの円い金属や管がついた操作板らしき卓をテーブル代わりに、自分もお茶を軽 く味わってから、旅人は言葉を継ぐ。 「彼女は、『機械』達は人から届いた言葉が、想いが忘れられなくて、今でもこの世界 で眠っているのだ、と言ってました。」 「彼女の集めている『機械』のうたは私にはわからないのですが、それでもいろいろな 『機械』に逢ってみると、彼らのそれぞれが、大切な何かを忘れられないでいるのは、 感じとれるのです。」  黒い双つの球体から成る、巨きな『機械』を見つめながら、旅人は独り言のように、 言葉を紡ぐ。 「……私も、そんな『機械』達のように、忘れられない何かを想い出したくて、旅を続 けているのかも、しれません。」 「そうですか……。」  もう一人の旅人の面影を思い出しながら、女の子は、届ける言葉が見つけられずに、 ただ相槌を返す。 「それにしても、ここまで大掛かりな、見事な『機械』は、見たことがない……。」  独り言に近かった話題を切り替え、改めて円の中心にたたずむ『機械』を眺めて、旅 人はしみじみと呟いた。  双子の星のように、高みに浮かんで寄り添う球体のそれぞれに、幾つかの丸い硝子板 がはめこまれている。  あちこちを向いた硝子板は、きょとんと見開いた瞳のようで何処か愛嬌があった。  数多の円盤や金属管達が結びついて、そのふたりの球体をしっかりと繋いでいる。  よく見ると、その硝子板や金属管の幾つかには、蒼い糸がくるくると巻かれているの も、ある。  さらには、灯りや、小さな籠も、『機械』の突起につりさげてあり、それが何処と無 く『機械』の愛嬌を増していた。  籠の中には、細やかな『星砂』が、うっすらと輝きを放ち、他の灯りにひけをとらな い光を燈している。  そして、その巨きな双子の星を支える、平らな円筒型の台座。その根元でぎざぎざの 歯のような円盤が、精巧にお互いと結びついているのが見える。  きっと、『機械』が動いていた頃は、これらの一枚一枚が自分の円弧を描いて繋いで ゆくことで、ふたつの球体に動力を与えていたのだろうと、旅人はぼんやりと思う。 「人は、どんな言葉をこの『機械』に届けて、『機械』はいったいどんなことを成した のでしょうね。」  今はお茶のテーブル代わりとなっている、『機械』の操作板に目をやって、旅人はぽ つりと言った。




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