そら とぶ ゆめ Act.4  tears (I) / page6


 女の子がぽつりと口にした、『機械技師』がこの巨きな『機械』に向けて残していっ た、言葉。  その言葉は、あたかも、雨上がりの灰色の空を覆った厚い雲の隙間から、突然幾筋か の陽の光が、帯となって地上に降るように。  ずっと眠り続けていた、閉ざされた旅人の記憶の闇へと、不意に、一筋の光となって 差しこんだ。 (空を見上げても、夜空が見えない……・?)  そんなことは、この世界では考えられないはずなのに。  それでも、その言葉の光は、旅人の何処かで確信のようなものを持って届き、闇の一 番奥に安置されたひとつの箱を、照らし出す。 (星も、そして、月も……。)  それは、遠い時間、遠い世界で、『ヴォイス・レコーダ』と名付けられて、いた。  大切な人から届いた言葉達を忘れないように、記憶の奥深くへと確かに納めた、小さ な箱。 「どうしたの、旅人さん……?」  突然、遠くを見るような瞳で何かを思考しはじめて、押し黙ってしまった旅人に、女 の子は少し不思議そうに声をかける。  硝子の杯を、少しずつ、少しずつ満たしてゆく水滴が、何時かはその杯の淵から、溢 れだすように。  旅人の記憶の箱から、言葉が、微かに、静かに溢れだしたのは、その時だった。 「……そう、あの頃は、気候制御や防御用のフィルタが覆っていて、地上からでは、夜 空は見えなかった。」  旅人は、その知ることもなく、無意識に溢れた単語を、静かに声に変換する。 「だから、あの人は、月が見たいから、空を飛ぶのだと、言っていた。」  その、旅人の箱から、少しずつ溢れてきた言葉に。  月帽子織物店の、白い半円球の中心で眠る『機械』が、反応した。  湧き水が岩の隙間から細い水流を注ぎだすように、心の奥から溢れて、想い出す言葉 に茫然とする旅人の、手元で。  操作板の丸い金属のひとつが、碧色の輝きを、明滅させていた。  砂浜に寄せる波のように、何かの徴のように規則的な間隔をおいて燈る、優しい碧色。  それは、幼い日にずっと側にいた、『護り人』の瞳にも、似ていて。  そっと、旅人は、その金属に触れた。




←Prev  →Next

ノートブックに戻る