そら とぶ ゆめ Act.4  tears (I) / page7


「旅人さん、この子、また動きだしてる……!」  女の子は、慌てて『機械』につるされた灯りと、『星砂』の籠を取り外す。  その女の子の隣で、数多の歯を持った円盤達が、きしきしと鈍い音を奏でて、ゆるや かに、ゆるやかに、動力を双つの球体に送り出す。  地上からは夜空は見えなかった、と呟いた旅人の言葉に、呼応して。   幾つもの硝子板の瞳に刻みつけて憶えた、昔は地上からでも見えたはずの星空を、永 い時間を超えて、映しだす。  女の子が集めた灯りを、全て消したその時。  月帽子織物店の白い半円球の内側は、無数の星達の輝きをたたえた、小さな宇宙と化 した。 「ほら見て、旅人さん……すごい……!」  女の子は、曲線を描く天井の一面に映しだされた星空を見上げて、歓声をあげた。  瑠璃色や、深い紅色、闇を貫きそうなほどに小さなまばゆい白色。『機械』の記憶に 刻まれた、遠い昔の星座達が。  部品を軋ませて回転する、台座と球体の動きに合わせて、その輝きはゆっくりと曲面 を東から西へと移動する。  あたかも、ひとつの夜が、訪れて、更けて、そして朝へと明けてゆくように。  その『機械』の幻燈に包まれて、まだ溢れてくる記憶を想いながら、旅人は天球のた だ一点を、ずっと見つめていた。  ひときわ明るく、地上を包むような青白い灯りを燈す、円い、月を。 (……月まで飛びたい、そう、あの人は、私は、言った。確かに、憶えている。)  だが、その人はいったい誰なのか。自分は、いったい何物だったのか。肝心なふたつ の答えが、想いだせない。  それらは、未だに旅人の記憶の箱の一番底に、大切に鍵をかけてしまわれたままで、 引き出すことができない。  やがて、その満ちた月も西側の空低くへと傾き、東側の壁に淡い黎明の訪れが、ぼん やりと『機械』によって映しだされる。  『機械』の軋むような動きも、再び眠りに就かんとするように、少しずつ緩やかにな り、鈍い音も途切れ途切れになってゆく。  旅人に呼びかけるように、手元の操作台の金属の一つが、サファイアのような優しい 蒼色を明滅させたのは、その時だった。  応えるように、旅人は無意識のうちに、その蒼に、触れた。  その瞬間、ただ『機械』の軋む音だけが流れていた半円球の宇宙に、音楽が、響いた。  少しずつ薄れてゆく夜天に、いくつもの、いくつもの、光の滴を降らせながら。




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