そら とぶ ゆめ Act.5  飛行夢(そらとぶゆめ) / page11


 その声に、娘の身体に震えが走った。まるで、風読みが歌う、耳には聴こえないのに 心に届くあの歌を、聴いた時のように。  娘は、慌てて水面へと上昇し、浅瀬まで戻って周囲を見まわした。  水色の月へと返ってきた声は、風読みの声ではなかった。もっと若い、青年の声。   わたしのこと、聴こえたの? あなたは誰? 何処にいるの?  今度は、月を通して見知らぬ誰かに向けて、はっきりと想いを送る。  だが、その想いには、言葉は返ってこなかった。ただ、微かに、苦しそうな息遣いだ けが、水色の月を通じて届いた。  娘は急いで砂浜にあがると、海岸線に沿って降りしきる雨に打たれながら駆け始めた。  きっと、応えた相手はすぐ傍に、いると信じて。水色の月から返ってきた反応は、ご く近くから届いたように思えたから。  ぱたぱたと、小さなつま先で湿った砂浜に足跡を残して、娘は必死に駆けた。  自分の呼びかけに応えてくれた誰かを、祈るように、探して。  駆けたのは、ほんの数分だったか、それとも随分永い時間だったのか。  ようやく、岩影に崩れ落ちるようにもたれていた、人影を、見つけた。  その人影は、旅の装束に身を包んだ、若い、青年だった。  ずっと冷たい雨に打たれ続けて体温を奪われたのか、本来なら穏やかそうに見えるそ の容貌は、青白く色を失い苦しそうに歪められている。  こわごわと少し近づいてみると、浅くて微かではあるが、まだ、呼吸を繰り返してい た。    ……大丈夫? こんなところで寝ていたら、身体、壊しちゃう。  確かめるように、目の前の青年に向けて、そっと水色の月から呼びかけを送る。  その呼びかけに気付いて、旅の青年は、微かにその瞳を、開いた。 「……貴方、は……?」  少し身じろぎして、崩れ落ちたような体制を持ちなおして、ぼんやりと呼びかけに応 える、旅人。  先程までは腕に隠れてみえなかった、その、胸元に。  娘のものと全く同じ、水色の月の『機械』が、確かに、揺れていた。                                    Fin.




←Prev  →Next Story to Act.6 『tears (II)』

ノートブックに戻る