そら とぶ ゆめ Act.5  飛行夢(そらとぶゆめ) / page6


「……そうしたらね、まあるい壁いっぱいに、星空がひろがったの。『機械』が、ずっ と憶えていた昔の星の形を、映しだしてね。」  群がる子供達におはなしを語る、柔らかく澄んだ声。それは女性の声、だった。 「白鳥の形、琴の形、さそりの紅い瞳の星……昔からずっと変わらない星座を映してね。 まるで、窓辺で一晩中夜空を眺めているように、ゆっくり、ゆっくりと、東から西へと 巡ってゆくの。」  穏やかな音楽のように語られる言葉で、紡がれる遠い国の『機械』の物語に、子供達 は瞳を輝かせて耳を傾ける。 「そうして、東から昇った星達が西の空に傾いて、まるい建物に朝が訪れようとした瞬 間にね、最後に『機械』はとっておきの贈り物を、くれた。」 「とっておきの贈り物って?」 「……『機械』が、お別れに、うたを奏でてくれたの。夜空一面に、いくつもの、いく つもの、流れ星を降らせて、ね。」  子供達からあがる、歓声と感嘆の声。それを機に、一気に賑やかな子供達の質問や話 し声が店の片隅であふれだす。    凍てついた大地を甦らせ新たな春を呼ぶために、村を、街道を、野原を、ほんのひと ときだけ天から降りてきた水に沈める、雨降り。  何時訪れるとも知れぬ雨降りをやり過ごして息を潜める、不安と退屈で満ちた冬の終 わりに、暖かな灯のもとで語られる旅人の物語。  子供達にとっては、その言葉のひとつひとつが、まるで宝箱に収められた色硝子や鉱 石の欠片のように、憧れと彩りにあふれていた。 「『機械』はどんなうたを歌ったの? ねえ、旅人さん歌って聴かせてよ!」 「みんなが、良く知っているうたよ。私なんかよりもずっと素晴らしい歌い手から、そ のうち聴けますよ。」  姿を変えつづける暖炉の明かりに照らされて、輝いた瞳で尋ねてくる子供の質問を、 旅人は悪戯っぽく微笑んでかわす。 「ねえ、どうして昔の人は、星を見る『機械』を創ったの?」 「その『機械』を創った人は、星が大好きだったんだよ。だって、『機械』なら昼間だ って星空が見れるもの!」 「……きっと、その通りだと思う。」  その言葉を最後に、旅人はふわりと立ち上がる。  娘の場所からではその面影は窺えず、子供達に囲まれた、肩まで届く栗色の髪の後ろ 姿だけが、わずかに見えた。




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