そら とぶ ゆめ Act.5  飛行夢(そらとぶゆめ) / page7


「さて、これで私のおはなしは、おしまいです。もう、行かなくちゃ。」  とたんに、先程までの賑やかな声が落胆のため息に変わる。 「せめて、雨降りが終わるまでここに泊まっておはなしを聴かせてよ、旅人さん。」 「ねえ、いいでしょう? お願い!」  おはなしをねだって、突然の旅立ちを引きとめようと群がる子供達に、旅人は静かに 首を横に振った。 「ありがとう。だけど、私にはもうあまり時間がないの。……世界中の『機械』に逢わ なくちゃいけないから。」  聞こえていた旅人の言葉に、ふと何かが娘の頭の片隅に引っかかった。  何処かで、聴いた事があった気が、した。それも、ごく最近に。  だが、この数日で見せられた、開かれた塔の扉の先に眠っていた現実と、記憶と、夢 の中をずっとさまよっていた娘には、すぐにはその記憶を引き出すことが、できない。 「村を出てすぐに雨降りがきたら、危ないよ。村の外には高い所がないから、おぼれち ゃうよ。」 「雨降りを知らせる風読みが、病気であぶないんだって。だから、いつ雨降りが来るか わからないんだ。」  見知らぬ土地の『機械』の物語に、ひととき忘れていた不安を思い出して、次々と心 配の言葉をかける子供達。  その言葉が、まるで細い針が身体を刺すように、自分を責めているように思えて、娘 は微かに身を震わせる。  だが、旅人はそんな子供達を優しく制して、穏やかに、力づけるように、応えた。 「……あの人なら、大丈夫よ。だってあの人は、風読み、だもの。」  心配と懇願のまなざしに、軽く肯いて応えて、旅人は宿屋の戸口へと歩んでゆく。  不思議な造りの真白い外套に、肩には深い蒼色の織物をかけて。茶色くて四角い、鞄 を持って。 「……それに、風読みは、ひとりじゃないから。きっと、ちゃんとみんなに雨降りを教 えてくれる。」  やっと、旅人の横顔が、見えた。穏やかで、何処かはかない、微笑み。  その微笑みと言葉を最後に、旅人は扉を開けて、途切れることなく降りしきる雨の中 を、旅立ってゆく。  『機械』のうたを、聴くために。    ……『機械技師』。  ぽつりと、心の中で思いだした名前を、呟く。  暖かい居間で、風読みが滴の森で自分と出逢った時のことを話してくれた、あの雪の夜。  風読みに届いた手紙、その文面の末尾に記されていた、名前。  やっと想い出して、ずっとさまよっていた暗い迷宮の中に、ふっと差し込む光を見つ けたような、気持ちで。  言葉を声に出せない自分が、何をどう伝えればよいのかも何もわからないままで、す がりつくように、娘は慌てて旅人を追いかける。




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