そら とぶ ゆめ Act.6  tears (II) / page11


 娘は目の前の操作板と金属管に専念しながら、ふと、遠い日のことを、想いだした。  ずっと昔、確かにこんな風に、雨の滴が墜ちる中を、飛んでいた記憶が、残っている。  空から墜ちる不安と、恐怖で崩れそうになる所を、たった今繋いでいる旅人の手みた いに、しっかりと誰かの言葉と繋がって護られながら。   月、見えないかな……。  何故だか、そんなことをふと想って、月の灯りが見たくなって、頭上を見上げる。  当然ながら、あげた白い顔に幾つもの滴が降りるだけで、天球の何処にも、月は見えない。  少し落胆してため息をつきながら、記憶の鍵の欠片を、想いだす。  確か、自分は月を見たくて、空を飛んでいたのだと。 「……ずっと探して見てましたが、街道には居ませんでした。一体何処に……。」  軽く首を振って報告した旅人の言葉に、娘の物想いは、破られた。   どうしよう……。雨降りに気付いて、村に戻ったのかしら。   でも、もし別の何処かを歩いていたら……。  不安そうにゆらぐ、水色の月を介して届く、娘の心。  そんな娘の想いを聴いて、逆に旅人はもう一度心を落ち着かせて、判断と計算の補正 を試みる。  自分が娘を護れるように、この娘が、ずっと飛び続けることができるように、と、無 意識に心に強く願って。  もし自分なら、雨降りが近づいていると判っていたら、確かに街道沿いは歩かない、 かもしれない。万が一を考えるならば、むしろ。 「るな、滴の森です。今度は森の淵に沿って低く飛んでください。今度こそ、きっと見 つかります。」  娘の名を呼んで、力強く告げた旅人の言葉に、娘はもう一度力を奮い起して、黒い染 みのように霞む、滴の森の方へと、旋回する。  翼を大きく傾けたその一瞬、右の翼から、高い金属音が、響いた。  滴の森の境界に沿って、低く飛び始めた時には、もはや地上の視界はほぼ無きに等し かった。  それでも、必死にその瞳をこらして、旅人は『機械技師』を、探す。  彼女の姿を捉えられないまま、滴の森の終わりに近づいた、その時だった。  眼下の一点で、微かな、本当に微かな輝きが、ちらちらと、瞬いた。 (あれは……?)  注意して見ていないと、雨の紗幕にかき消されて、見失ってしまいそうな、微かな輝き。  それでも、暗い夜空の片隅で瞬いた小さな星のように、燈り続ける確かな輝き。まる で、しるべの灯火のように。  そのしるべの灯火へと、旅人はとっさに思考を巡らせる。 (……織物の、星砂の光だ!)  確か、『月帽子織物店』の女の子は、彼女にも同じ織物をあげたと、言っていた。  それに、きっとこの織物が、彼女のもとへ導いてくれる、と。 「るな、見つけました! あのちいさな光です!」




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