そら とぶ ゆめ Act.6  tears (II) / page12


 旅人の叫びに、一瞬、娘の表情に、雲間から光が差しこんだように、ぱあっと安堵と 喜びが、浮かんだ。  すぐに真剣な表情に戻り、目の前の操作板に集中しながら、旅人へと想いを送る。   高度をぎりぎりまで落とすから、旅人さん、あの人に伝えて!    滴の森の中へ、高い樹の上へ逃げてって!  水色の月の『機械』を通じて指示を伝えると同時に、微かな織物の瞬きへと、大きく 旋回して機体を急降下させる。  ずっと空を駆けて旅を続けていた一羽の鳥が、懐かしい樹上の巣へと帰還して、まっ すぐに降りてゆくように。  その降下がもたらす、空気の重みと、大地が引き寄せる力に、旧い『機械』の翼が激 しく軋んで痛々しい音をたてる。  操作板に、警告するように幾つもの紅色の灯りと文字が、明滅する。    『翼』、もう少しだから、がんばって!  叩きつけるような雨の滴の中、地上すれすれまで舞い降りてきた『機械』。  その核に居る旅人の視界が、ようやく、雨に耐えて歩き続ける『機械技師』の後ろ姿 を捉えた。  幼い頃に出逢った時と同じ様に、白い外套をまとって、うたを集めた『機械』の小箱 を納めた鞄を持って、そして、肩に蒼い星空の織物を巻いて。  その姿は、小さな翼で必死に飛び続ける真白い小鳥のように、あまりにも小さくて、 痛々しくさえ、見えて。 「……何故、彼女はそこまでして、たったひとりで世界中の『機械』のうたを、集めねばならないのだろう。」  思わず呟きが、旅人の口から、もれた。  世界を埋め尽くすように降る雨を切り裂いて、舞い降りてきた『機械』の動力音に気 付いて、『機械技師』がくるりと振り向いた。  別々に『機械』に逢う旅を続けていて、一度も交差することのなかった、ふたりの軌跡。  永い、永い時間を経て、やっと再び出逢うことができたのは、空を飛ぶ『機械』が彼 女の傍を風のように駆けぬける間の、ほんの数瞬の、時間。  でも、たとえほんの僅かな時間でも、ずっともう一度逢いたいと想って、この瞬間を 待ち望んで、旅人は旅を続けてきた。  旅人の瞳と出逢った、幼い日と変わらない彼女の栗色の瞳。  一瞬驚いたように見開かれて、そして、空を飛ぶ『機械』に乗って、娘とふたりで空 を駆ける旅人を見つめて。  ふわりと、優しく、はかなく、微笑んだように、見えた。  届けたい言葉は、胸の内からあふれるくらいあった、けれど。与えられた時は、微か な瞬きくらいの時間しか、ないから。  今は、ただ、彼女を、『機械技師』を護るための言葉だけを、雨音に負けないよう に、持てる全ての力を声に込めて、届ける。 「『機械技師』、雨降りが来ます! 急いで森の、高い樹の上へ!」  その叫びだけを、背後に残して。  空を飛ぶ『機械』は、『機械技師』の傍を、駆けぬけた。




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