そら とぶ ゆめ Act.6  tears (II) / page5


 金属の梯子を上り切ると、とろっとした湿った風と、その風に乗って迷い込んだ雨粒 が、額をかすめた。  緩やかな曲線を描いた透明な硝子の円蓋が、この観測所の最上階の部屋を、墜ちてく る無数の水滴から護っていた。  螺旋階段の周囲を厚く覆っていた石壁は、ここにはもはや無く、ただ、東、西、南、 北の四方に大理石のような白い柱だけが立ち、円蓋を支えている。  その吹きさらしとなった、円形の塔のテラスの中央に、幾つかの『機械』がたたずん でいた。 「これが……、雨降りを知らせる『機械』……。」  旅人が感嘆の呟きもらしたそれは、『機械』の集合体、だった。あたかも、幾つもの 透明な石英や六角形の水晶達が集まって、ひとつの結晶となったように。  極細い金属の棒で組まれた四辺形や、空から降りてくる何かを受け止めるようにその 円弧をひろげた、皿のような薄い緑色の円盤。  透き通った円蓋を見上げると、無数の滴が弾けるその中心で、鳥のような形の水色の 『機械』が、通り過ぎてゆく風の向きを示して、その嘴を北に向けている。  その『機械』達の結晶の中央に、円い大きなふたつの硝子板を持つ『機械』が、備え 付けてあった。   これが、雨降りの時に、光を燈す『機械』。風読みは、『あかり』って名前で   呼んでる。  『機械』達に視線を釘付けにされた旅人に、ほんの少し得意そうに、娘が説明を、届 ける。  そうして、ゆっくりと『機械』の周囲を歩いて、小さな操作板のもとに、しゃがみ込 んで、呟く。   そして、この『機械』達みんなをまとめて、風読みは『らじお』って呼んでる。   この『らじお』を操作して、風読みは遠くに届く、うたを歌うの。  『あかり』と呼ばれた『機械』は、以前『月帽子織物店』で見た星空を創る『機械』 に、少しだけ、似ていた。  円形の台座を持ち、大きな双つの円を回転できるように幾つもの精密な部品が織り成 されている。  小さな幾つもの丸硝子で星を映すのか、巨きな硝子板で、陽のような灯りを燈すのか 、だけがふたりの大きな違いだった。  そして、矩形や円盤、多様な形の金属を宙へと突きだした、『らじお』。 「何だか、遠い空から何かが届くのを、手を伸ばして、ずっと、ずっと待っているみた い、ですね。」  ぽつりと、『機械』の想いを感じとって、旅人が呟いた。  風、雨、空気、その中を流れてゆく、海の波のような、耳には聴こえない、音。  空の高みにたゆたうそんな物たちを、金属の手を伸ばして触れて、受け取って。そう して、村の人々へと、灯りを燈して、届けて。  きっと、この観測所の『機械』たちは、空と、人とを繋いで、お互いの意思を届けて いたのではないかと、旅人はぼんやりと想う。  ちょうど、言葉を声に出せない娘と、自分とを繋ぐ、ふたつの水色の月の『機械』の ように。 「風読みさんは、『機械』達に、いつも名前を付けているのですか?」  ふと、心の中に引っかかったものを感じて、旅人は娘に尋ねた。   大切な人や、物のことを、ずっとずっと忘れないで憶えているために、名前を   付けるんだって、言ってた。  旅人の問いに軽く肯いてから、あの雪の夜の会話を思い出して、娘は応える。   ……誰が、わたしのことを「るな」と名付けたの、だろう。  娘が心の中で、ずっと抱きしめていた問いを呟いた、その時だった。




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