そら とぶ ゆめ Act.6  tears (II) / page7


「……彼女に、『機械技師』に逢ったのですか……?」  思いもかけなかった、娘の声のない叫びに、今度は旅人の方がその瞳を見開いた。   旅人さんに出逢う、一時間くらい前に、村で逢ったの。   わたしが、雨の中に落とした水色の月を、拾ってくれて。  くるり、くるりと廻る恒星のような光に包まれて、ふたりの瞳が、向き合う。  娘は、ぎゅっと胸元の月を握りしめて、想いを呟く。     その水色の月を見て、旅人さんのことを話してくれた。   何時の日か、同じ月を持った旅人がわたしを訪ねてくるって。   やっと、うたが繋がったって、言ってた……。  旅人は、娘の呟きを受け取って、小さく肯いた。うたが繋がったということは、多分 『機械技師』は、全てを判ったのだろうと、想う。  では、目の前に立っている娘が、遠い昔空を飛ぶ『機械』だった自分に、言葉を届け たのだろうか。 「幼い頃の私は、彼女を、『機械技師』を追って、世界中の『機械』に逢う旅に出たの です……ただ彼女に追いつきたくて、もう一度逢いたくて。」  結局、最後の鍵を想い出すことはできないまま、旅人は幼い日のことを、ぽつりと呟いた。  随分永い間、旅を続けてきた。『機械』に逢って自分のことを想い出しながら、彼女 が世界に残した足跡を、たどって。  ようやく近づいたふたつの軌跡は、ほんの数刻の差をもってすれ違い、降りしきる雨 の中に、遠く別れてゆく。  空を、飛びたい。空を飛べれば、彼女に、『機械技師』に追いつくことができる。  そう、旅人は心の底から、想った。旅に出た、あの幼い日のように。  さらさらと乾いた軽い調べを残して、旅人の背から、翼が広がった。  風のように、何処までも空を駆けるための、翼。『あかり』の光を受けて、陽光を反 射してきらめく鳥の翼のように、真白い輝きを放つ。  だが、観測所の円形のテラスを包むように広がった翼は、左の翼、片方だけ、だった。 「……旅に出た日も、想いました。空を飛べれば彼女に追いつけると。だけど、右の翼 は動かなかった。昔も、今も。」  雨粒が涙のように墜ちてくる灰色の空を仰いで、旅人は失望のため息をもらす。  だが、旅人の試みと失望は、娘に『機械技師』に追いつく、たったひとつの方法を、 想い出させた。  だけど、その方法を試すのは、怖かった。『機械』の見る夢を、たったひとりで墜ち る夢を、もう一度見ることは、怖かった。  その瞬間、天空から無数の流星の欠片が、大地に墜ちて弾けるような調べが、塔の周 囲を覆い尽くした。  先程までは、静かに奏でられていた雨の音楽が、海からの呼びかけに応えるように、 激しく、世界を雨音で埋めつくすように、奏でられる。  海から南風に乗って届く、徴の海鳴りは、今も絶え間無く娘の耳に届き続けている。   ……『機械技師』は、きっといつか空も飛べるって、言ってた。  ぽつりと、自らに言い聞かせるように、呟く。彼女のおとぎ話を信じるならば、この 瞬間しか、ないのだと。  その自らの呟きに背を押されて、娘は、決心した。   旅人さん、お願いがあるの。ひとつだけ、約束して。  光にさらされた、娘の強い意思を宿した瞳が、まっすぐに旅人を見つめる。  そうして、水色の月を通じて届けた、言葉。  ヴォイス・レコーダという『機械』に記録された、別の世界の空で、娘が『機械』へ と届けた言葉と、同じ、言葉。     決して私をひとりにはしないで。手を、離さないで。   この水色の月から、ずっと呼びかけて。     *




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