そら とぶ ゆめ Act.6  tears (II) / page8


 塔の半円球の部屋に続く扉は、娘を認識して音もなく開いた。  娘の後について部屋に入った旅人は、扉の奥で眠っていたものを見て、息を飲んだ。  半円球の部屋一杯に広がるほど巨きな、銀色の両の翼。緩やかな流線形を描いた、鳥 の嘴のような『機械』の先端。  何よりも、密やかな眠りの淵から伝わってくる、『機械』の想い。手を触れなくと も、自分の内にある遠い記憶と共振して、自然と胸の鼓動が高まる。 「……空を飛ぶ、『機械』……。」  旅人は、呟いた。翼の形状や姿形は異なるかもしれないが、遠い何処の空で在ったは ずの、自分の姿。  その『機械』は、娘の訪れを識って、緩やか翼に備え付けられた金属の螺旋十字を、 廻し始めた。  右の手に繋いだ、娘の小さな手に、ぎゅっと力がこもる。あまりにもささやかな、力。 (……この娘を、護らねば。決して手を、離さないように。)  娘の強い瞳と、それに比してあまりにもはかない力を感じて、旅人の胸から想いが湧 きあがった。ずっと昔にも抱いていた、想いが。  『機械』を鑑賞している時間もなく、ふたりは機体の先端側の、楕円形の核へと入り込む。  『機械』は、娘を迎え入れて、小さな矩形の板を通じて、呼びかける。  碧色の光で、遠い過去の文字を、何度も、何度も、灯して。    ”please tell me your name, master.”   この子、わたしに、何て言ってるんだろう。  娘が、水色の月の『機械』で繋がった旅人へと、ぽつりと呟く。  月と手で、ふたりで繋がっているからか、恐れていた『機械』の夢は、娘の脳裏に映 りはしなかった。 「……もしかしたら、名前を、知りたいのかも、しれません。」  旅人にも、碧色に明滅する文字は解読できなかったけど、何故か、旅人にはこの『機 械』の呼びかけが、判った、気がした。  ふと、遠い昔の自分の、そして今の自分の胸の内に、そんな想いが、よぎったから。  『機械』だった自分に、言葉と届けてくれた人の、名前が、知りたい、と。  そんな旅人の呟きに肯いて応えて、娘は瞳を閉じて、『機械』へと想いを巡らせる。  確かに、風読みは『機械』達に名前を付けていた。大切な人や物のことを、ずっと忘 れないようにと、言っていた。  そうして、『機械』の名前を呼んで、願いを言葉で伝える。『あかり』や『らじお』 の時も、いつもそうだった。  自分の願いは、何だろうと、想う。『機械技師』に追いついて、雨降りを伝えること。  でも、それだけではない、気がした。もっと、ずっとずっと前から、願っていた、こ と。眠りの淵で、繰り返し見た、夢。  その答えは、あっさりと見つかった。これまでは、ひとりだったから、怖くてずっ と、わからなかったこと。  でも、今はひとりではない、から。繋いだ手と、水色の月で、ちゃんと繋がってい る、から。    ”please tell me your name, master.”  碧色に光る文字の呼びかけに、娘は空を飛ぶ『機械』に、みつけた答えを、届ける。  その答えは、無意識のうちに、娘が気付きもしないまま、高い澄んだ声から生まれ た、言葉になっていた。 「……『翼』、わたし、自由に空を飛びたい。空を飛んで、『機械技師』に、逢いたい。」




←Prev  →Next

ノートブックに戻る