繋がれた娘の手に、旅人の二重の驚きが、微かな震えに姿を変えて、一瞬、伝わった。
ひとつの驚きは、娘が、ごく自然に願いの言葉を、声で出したこと。緊張に張りつめ
た、真摯で澄んだ、綺麗な声で。
そしてもう一つは、一瞬、娘が、旅人の名前を『機械』に告げたのかと、想ったこと。
でも、幼い日の旅人が呼ばれていた、『ツバサ』という呼び名は、娘には教えていな
かった、はず。
すると、娘は自分の名を教える代わりに、空を飛ぶ『機械』に、『翼』という名前を
与えたのだ。
それは、旅人の思考の中で、不思議と自然な行いのように感じ、そして何処か遠い郷
愁を、憶えた。
だが、その驚きについて言葉を交わす時間は、ふたりには、なかった。
娘の言葉が届いた『機械』から、あたかも歓喜のような振動と躍動が返ってくる。目
の前の文字板に、蒼や緑、紅色の灯りが転々と燈る。
動力が生物の血液のように、『機械』の金属管や歯のついた円盤にみなぎり、双つの
螺旋十字が目に見えない早さで円弧を描く。
目の前の塔の側壁が大きく開いた。その向こうは、矩形に切り取られた、灰色と水滴
に満ちた重い空。
旅人さん、『翼』、飛ぶよ!
その娘の、水色の月を通じた言葉を合図に、ふたりとひとつの『機械』は、空へと、
駆けた。
繰り返し、繰り返し、夢の中で見ていた、あの空へと。
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