そら とぶ ゆめ Act.6  tears (II) / page9


 繋がれた娘の手に、旅人の二重の驚きが、微かな震えに姿を変えて、一瞬、伝わった。  ひとつの驚きは、娘が、ごく自然に願いの言葉を、声で出したこと。緊張に張りつめ た、真摯で澄んだ、綺麗な声で。  そしてもう一つは、一瞬、娘が、旅人の名前を『機械』に告げたのかと、想ったこと。  でも、幼い日の旅人が呼ばれていた、『ツバサ』という呼び名は、娘には教えていな かった、はず。  すると、娘は自分の名を教える代わりに、空を飛ぶ『機械』に、『翼』という名前を 与えたのだ。  それは、旅人の思考の中で、不思議と自然な行いのように感じ、そして何処か遠い郷 愁を、憶えた。  だが、その驚きについて言葉を交わす時間は、ふたりには、なかった。  娘の言葉が届いた『機械』から、あたかも歓喜のような振動と躍動が返ってくる。目 の前の文字板に、蒼や緑、紅色の灯りが転々と燈る。  動力が生物の血液のように、『機械』の金属管や歯のついた円盤にみなぎり、双つの 螺旋十字が目に見えない早さで円弧を描く。  目の前の塔の側壁が大きく開いた。その向こうは、矩形に切り取られた、灰色と水滴 に満ちた重い空。   旅人さん、『翼』、飛ぶよ!  その娘の、水色の月を通じた言葉を合図に、ふたりとひとつの『機械』は、空へと、 駆けた。  繰り返し、繰り返し、夢の中で見ていた、あの空へと。     *




←Prev  →Next

ノートブックに戻る