そら とぶ ゆめ Epilogue  ふたりの記憶[Man&Iron] / page2


 夜明けには、大地を埋め尽くした水は、すっかりと引いていた。  冬の間、ずっと乾いていた大地から、気の早い黄緑色の草々が一斉に伸びあがって、 世界はうっすらと若い緑の色に包まれていた。  すぐに、白や黄色の細やかな草花達が、春の訪れに目を醒まして、さらに大地を華や かに彩るだろう。  春の暖かな風が、栗色の前髪をさらさらと、揺らす。  そんな生まれたばかりの草原を、『機械技師』がひとりで歩いてゆく。  繋がった、機械達と言葉の、ふたりの記憶のうたを、高く軽やかに、歌いながら。    広い空を駆けめぐる 飛行機乗りの若者がいた    下に続く草原を 彼は眺めて思い出したよ    空き缶蹴りながら 遊んだ幼い日を    空き地の周りには 同じ草が揺れてた 「わあ……! ねえ、何処へ飛ぼうか、『翼』。取りあえず、観測所まで戻りたいな。 風読みに、逢いたい。」  雨降りが海へと還って、後に残った大地に芽生えた一面の黄緑色に、娘は歓声をあげた。  今までは、水色の月を通じてしか、世界に届かなかった、歓びの声を。 「……できれば、先に飛んで行きたいところがあるのですが。」  『休まない翼』は、 そんな娘に目を細めて微笑んで、静かに言った。 「もう一度、空から『機械技師』を見つけたい。彼女に逢って、想い出した名前を伝え たいのです……。」 「……私も、彼女にもう一度、逢いたい。でもその代わり、後でもう一箇所飛んでみた い所があるのだけど、いい?」  『翼』の願いに、にっこりと肯いてから、少し悪戯っぽく微笑みを返す。 「……何処ですか?」 「海の上を、飛んでみたいの。海風に吹かれながら、波の上を海鳥達と一緒に飛んでみ たい。」  ふわりと肯いて、娘を抱いて背の真白い翼で大きく羽ばたいて、空へと舞いあがる『 休まない翼』。  さらさらと流れる春の風を、右の翼で感じながら、遠い歌声を頼りに、黄緑の草原の 上空をふたりで駆ける。  もう一度、『機械技師』に逢って、今度はふたりで想いを伝える、ために。    低く風を切りながら 右の翼は思い出したよ    蹴られて転がった 草むらの夕暮れを    時は流れてく ふたつの記憶をのせて    ゆるやかに流れてく




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