遠い鳥の領域に、『海』に、この研究所に等しく舞い降りる雪の中、屋上の片隅に毛
布をかぶった小さな人影を見つけて、私は近づいてやや呆れ気味に声をかける。
「助教授さん、何やってるんですか? もうパーティ終わっちゃいますよ?」
寒さに震えながら小走りに近づく私の、ぱたぱたという足音に気付いて、やっと助教
授さんは顔をあげた。
「やあ、まどかさんですか。丁度いいところに来たね。」
銀縁の眼鏡にのんきそうな微笑を浮かべて、のほほんとした声でこんなことを言う。
助教授さんは、まだ子供の私のことも研究員達と同じように「さん」付けで呼ぶ。最
近はもう慣れたけど、助教授さんがここに来た当初は「まどかさん」と呼ばれる度に、
何ともくすぐったいような気分になったものだ。
「……せっかくの冬至祭の夜なのに、観察ですか?」
そののんびりとした声と表情に、何だか広間を飛び出てきた時の勢いを削がれてしま
った私は、助教授さんの傍らに立って『海』を眺めながら尋ねる。
「冬至の夜だから、ですよ。ほら、あそこの岩陰、見えますか?」
そう言って助教授さんが指差した先には、寄せては引いてゆく本物の海の波のように、
淡く、濃く漂う乳白色の霧。
霧の粒子達は音は奏でないのだけど、真白い『海』を見つめていると、何だか潮騒さ
え聴こえるような錯覚さえ、する。
「ぼんやりしてよく見えないですけど……。何か珍しい鳥でも、いるんですか?」
その霧の波間に漂う何かを見つけられないまま、軽く首を傾げて尋ねる。
「もう一週間くらい前から『海』に住みついてる。でも、今夜は冬至の夜だから、きっ
ともうすぐ飛び立ちますよ。」
「……冬至の夜、だから?」
不思議そうな私の言葉には応えないままで、のどかで微かに悪戯っぽい微笑みを横顔
に浮かべる助教授さん。
ふう、と小さくため息をついてから、その微笑みに降伏して私は助教授さんの横に座
り込む。えいやっと、強引に毛布に割り込んで。
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