鳥は鳥に 〜Royal milk tea〜 / page3


 遠い鳥の領域に、『海』に、この研究所に等しく舞い降りる雪の中、屋上の片隅に毛 布をかぶった小さな人影を見つけて、私は近づいてやや呆れ気味に声をかける。 「助教授さん、何やってるんですか? もうパーティ終わっちゃいますよ?」  寒さに震えながら小走りに近づく私の、ぱたぱたという足音に気付いて、やっと助教 授さんは顔をあげた。 「やあ、まどかさんですか。丁度いいところに来たね。」  銀縁の眼鏡にのんきそうな微笑を浮かべて、のほほんとした声でこんなことを言う。  助教授さんは、まだ子供の私のことも研究員達と同じように「さん」付けで呼ぶ。最 近はもう慣れたけど、助教授さんがここに来た当初は「まどかさん」と呼ばれる度に、 何ともくすぐったいような気分になったものだ。 「……せっかくの冬至祭の夜なのに、観察ですか?」  そののんびりとした声と表情に、何だか広間を飛び出てきた時の勢いを削がれてしま った私は、助教授さんの傍らに立って『海』を眺めながら尋ねる。 「冬至の夜だから、ですよ。ほら、あそこの岩陰、見えますか?」  そう言って助教授さんが指差した先には、寄せては引いてゆく本物の海の波のように、 淡く、濃く漂う乳白色の霧。  霧の粒子達は音は奏でないのだけど、真白い『海』を見つめていると、何だか潮騒さ え聴こえるような錯覚さえ、する。 「ぼんやりしてよく見えないですけど……。何か珍しい鳥でも、いるんですか?」  その霧の波間に漂う何かを見つけられないまま、軽く首を傾げて尋ねる。 「もう一週間くらい前から『海』に住みついてる。でも、今夜は冬至の夜だから、きっ ともうすぐ飛び立ちますよ。」   「……冬至の夜、だから?」  不思議そうな私の言葉には応えないままで、のどかで微かに悪戯っぽい微笑みを横顔 に浮かべる助教授さん。  ふう、と小さくため息をついてから、その微笑みに降伏して私は助教授さんの横に座 り込む。えいやっと、強引に毛布に割り込んで。

←Prev  →Next

ノートブックに戻る